第7話 ランドサットドロップその1
私の名はジョン、大学教授である。
科目は古生物学、さきほどまで授業で使っていた化石のレプリカを片付けようとしていると、とある生徒が話しかけてきた。
「すいません、その化石のレプリカ拝見してもいいですか?」
黒縁の丸メガネ、肩まで達する緑色の髪。大人しくて優しい印象を受ける。
この方は確かモラ・アレックス、いつも熱心に授業を聞いている。
「ええ、いいですよ、何時間でも見てください」
――
本当に何時間も見ている……
今日の授業は終わったから構わないが流石に飽きないのだろうか。
「あ、あの、そればっかりじゃなくて別のを見ませんか…?」
モラ・アレックスは驚きと喜びの混じったような笑顔を浮かべて言った。
「いいんですか!?ありがとうございます!」
翡翠色の目が輝いている。よっぽど学ぶことが好きなのだろう。
とりあえず、倉庫から何個か化石のレプリカを持ってきた。
「わあ…ありがとうございます、それと…さっきまでのレプリカ触ってもいいですか?」
え?まだ触ってもいなかったのか?
「も…もちろん良いですが…遠慮しないでいいですよ?」
なんだか変な人だな、と私は思った。
私は彼女が満足するまで、ノートパソコンを開き作業することにした。
すると横からドンとした音がした。
慌てて振り返ると、モラ・アレックスが転んでいた。
私は手を差し伸べて尋ねた。
「大丈夫ですか?一体何が…」
彼女もきょとんと不思議そうな顔で答えた。
「それが…化石のレプリカに触った瞬間体中が痺れて、それはもう、静電気だとかの強さを超えていました」
信じがたい話だが、優秀な生徒が言っているなのだから、嘘ではないだろう。
「なんと、転んだ時にどこか打っているかもしれません。今日は帰って休みなさい」
彼女のことも心配だが、そういえば、と私はこのレプリカを買ったときのことを思い出した。
そういえば私も初めてこれと出会った店でそんな衝撃に襲われてよろけたことがある。なにか特別な凄みを感じたので、私はそれを購入した。
その時、見知らぬ男の声がした。
「その化石…多分本物ですよ、ぜひ僕に預からせていただきたいです」
彼は金髪でメガネをかけた、理知的な男だった。しかし身長は中学生くらいのようにも見え、大学に通える人間ではないとわかった。
私は突然現れた男に困惑し、私は尋ねた。
「うーむ、君は一体だれかね?」
男は一度ため息を吐き、仕方なさそうに言った。
「僕はラルナ・マイアス、生徒ですよ…そしてその化石は僕が思うにレプリカではなく本物の化石です、ください」
私はあまりの傲慢ぶりに唖然とした。
「き、君…まあ生徒というのはわかったが…レプリカとはいえこの化石は私のコレクションの一つだ、それを「ください」だと?学問より常識を学んだらどうかね」
ラルナと名乗った男は冷たくあしらわれ、なにか策を考えるかのように後ろを向いた。
そして振り向き、苦悶の表情を浮かべながら言った。
「金なら…払えます、全財産の半分までなら」
呆れた、私の怒りがだんだんとヒートアップしていくのを感じた。
「はあ…ふざけているのかい?金を積まれてもやらないに決まってる、いやその前に私を金で動く人間と決めつけるな、失礼だぞ…帰りなさい」
ラルナ・マイアスは諦めたように帰っていった。
「一体…なんだったんだ?」
モラ・アレックスも帰し、私も帰宅の準備を始めた。
――
ベンチに座りながらラルナは俯いた。
さっきまでの自分の行いを恥じているからだ。
今日は突然バイト先が臨時休業になってしまい暇だったので、生徒と偽って近くの大学の食堂で飯を食べていた。
その後大学内をウロウロしていると、古生物学の資料を持った男がいたので尾けた。
すると、化石のようなものを持っていたのでもしかしたら……と気持ちが先走ってしまった。
教授はレプリカだと言ったが、ラルナが入る直前「触れた瞬間に痺れた」と女性が言っていたので、おそらく例の化石だろうと思う。
ラルナは中学卒業後、学校に行く間も惜しんで働いているので、人との関わりが少なくコミニケーション能力が低いのだ。
「一回あの態度で行っちゃったら、さすがに譲り受けるってことはできないよな…」
そんな独り言を漏らし下を向いていると突然テンションの高い男に話しかけられた。
「やあ、なんかお困りかな?えっと…ラルナくん」
ゆっくりとその男を見たが知り合いではない。
若いが、妙に高そうな服を着ている。父さんが生きてたころの知り合いだろうか。
「…父さんは死にましたよ、息子の僕に今すり寄ったとこで無駄です」
男は頭にはてなを浮かべた。じゃあ誰なんだ。
「あーごめんなんか勘違いしてるよね?初めまして、僕の名前はアデノフ。君と同じ謎の組織の者さ、立場は僕のほうがが上だけど」
初対面だが、数回会ったことがあるかのような気がする。
アデノフは怪しげに笑う。
「なるほど、用はなんです?別に暇なので長々と話してもらっていいですよ」
アデノフは「そういうことじゃなくて」と言って続けた。
「僕は組織の構成員が裏切らないか監視する役目があるんだよ。そしていつも通り君を見てたらなんかため息吐いてたってわけ、つまり長々と話すのは君」
ラルナはそれを聞き、めんどくさそうに言った。
「…化石を取り逃がしたんですよ、それでこれからどうするかって考えてたんです」
そう言うとアデノフは前のめりになって聞き返した。
「え?化石?どこにあったの?」
ラルナは首を傾げて尋ね返した
「…さっきまで監視してたなら知ってるのでは?」
追求するとアデノフは痛いとこ突かれたように目を逸らした。
働いていないのかこいつ…なのになぜこんな高そうな服を着ているんだ?
「と、とりあえずその化石の場所を教えてよ、僕が今日の午後5時までに手に入れてあげるよ。そして報酬の1割を君に渡そう」
魅力的すぎるその提案にラルナの態度は急変した。
「ありがとうございます!本当にいいんですか!?」
「もちろん!いいよぉ〜」
誇らしそうな表情で、アデノフは宣言した。
――
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
モラは歩きながらそう思った。
モラは学者になるのが夢で、主に古生物学を学んでいる。
「それにしても…あの化石触った時のあれ、なんだったんだろ?」
調べれば何かがわかるかもしれない。
それにアーネットも化石に触って能力が発現したと言っていた。もしかしたら自分も……
そんなことを考えながら帰路を歩いていく。
家へと帰る途中、路地裏の方に怪しい2つの影を見つけた。
2人の男は黒尽くめのダウンジャケットを着ている。
「なあボブ…組織はどんくらい化石集めてると思う?」
「うーん…3分の1くらい?」
「賭けるか?」
「次の俺の手柄を」
「じゃあ俺は4分の1に俺の手柄を」
怪しい会話だが、なんと「化石」や「組織」という言葉が出てきた。
モラはこの2人にさえバレなければいいと、周りの目を気にせず、路地裏の入口に座り込んだ。
化石を知れば自分が喜ぶし組織を知ればアーネットが喜んでくれるはず。
もう少し耳を澄ましてみた。
「そういえばよ…最近アデノフおかしいと思わないか?」
「そうか?確かにあまり見ないが、元々変だろ」
「ボブ」は素っ気ない態度を取ったがもう1人の男は続けて言った。
「あいつ、確か親が金持ちでよ…普段から高そうな服着てるけど…」
「そうだな、それが何かおかしいのか?」
男は周りに人がいないことを確認して答えた。
「……実はあいつの親の会社って今結構ギリギリなんだよ…そんなんなのにあいつの服や時計、前より高級になってる」
ボブはそれを聞くと、少し考えてから言った。
「ただ組織の仕事頑張ってるだけじゃねえの?」
「俺もそうだと思ったんだがよお、マルスさんに聞いたら、あいつ先月から1つしか化石を納品してないらしい」
モラは少し苛立った。
アデノフとやらの話はもういいから化石や組織の話をしてくれ…そう思いながら張り付いて話を聞いていると、ボブが溜め込んでいたものを吐き出すように尋ねた。
「なあ…タカンキよお…そろそろ良いんじゃねえか?」
「……何が?」
また話題が変わったようで、モラは集中して聞いた。
「これ以上喋ってやる必要ねえだろ、世間話を装って話すのも疲れる」
「なるほど…じゃあどうする?ここでやるか?」
さっきからなにを言っているんだ?一体なにに疲れているんだ?
モラは少しだけ顔を出して見た。しかし、2人の男と目があった。
「北緯66度29分57.5555秒、東経25度43分46.2367秒…『ランドサット・ドロップ』」
ボブはなにかを呟きながら、ノートに書き込みをしている。
モラが慌てて逃げようとすると、モラの頭上に何かが落ちて来た。
それが何か考える余裕はなく、モラは手のひらで頭上を覆った。
モラの頭上に落ちてきたもの、それは緑色のかぼちゃだった。
意味がわからず男たちの方を向くとボブが舌打ちをした。
「ハズレかよ…まあ良い、次当てれば良い…」
ボブは再びノートを開きボールペンで何かを書き込んだ。書き終わるとノートを閉じる。
すると、わけがわからず座り込むモラの頭上に再び何かが落ちて来た。電球だ。
そして落ちて来た電球にモラは頭をぶつけた。
「まあ…当たりか…」
頭がヒリヒリと痛む、モラは戸惑った。
そう呟くボブをタカンキが心配したように言った。
「今日運悪いんじゃないのか?俺がやってもいいが…」
「いや良い…あの女電球で頭を痛めてる…このまま記憶がなくなるくらい落としてやる」
またボブはノートを出し書き込んだ。
モラは打った頭を抑えながらも、多分あのノートに書かせちゃいけないのだろうとわかった。
これがアーネットの言う能力か…モラは集中しながら書き込むボブに飛び込んだ。
ボブは倒れ込みノートを手放した。
モラは立ち上がり、急ぎ足でその場を離れた。
――
なんとか遠くまで逃げたので、安堵して座り込んだ。
「ああ…なんだか割れそうなくらい頭が痛い…電球と…かぼちゃを落とす能力…?いや…そんな訳…」
自分なりに考察をしてみたが、答えは出ない。
頭の痛みが収まるまでSNSを見ていたが、あまりに化石のことが気になったので、調べてみることにした。
すぐにGoogleで「超能力 化石」などの言葉で検索を掛けた。
あまりにヒットせず諦めかけていると、興味深いサイトを見つけた。
「化石に触れると能力が手に入る…?」
その能力の名前を化石が生きていた時代から取って「ジュラ」と言い、それに触れると電流のような強い衝撃と共に能力が手に入れられる。
陰謀論や都市伝説の類いの話だが、モラはそれをすでに体験している。
「アーネットの言ってたことと同じだ…てことはあの化石のレプリカは本物?じゃあ私にも本当に能力があるってこと?」
色々と考えていたが疲れたのでスマホを閉じた。
ただ黙って座り込む。すると、周囲の色々な音がまっすぐに聞こえてくる。
鳥の鳴き声、誰かの声、そして…………紙に何かを書き込んでいるような音。
「『ランドサット・ドロップ』…やっと見つけたぜ」
モラが音の鳴った方向を見ると、息切れしているボブとタカンキの姿があった。
視線を上に上げると何かが落下している。
運動の不得意なモラは避けることができなかった。
そして、モラの右足にレンガが勢いよく落下した。
モラはあまりの痛みに悶えた。
「どうするボブ?殺すなら俺は離れとくぜ」
タカンキがボブに尋ねた。
「いや…脅せばこういうのはなんもできなくなるさ、例えば家族や恋人を殺すぞとか」
それを聞いたモラは騒いで訴えた。
「やめて!アーネットだけは…」
思わず、聞かれてもないアーネットの名を出してしまい、心の中で自分を責めた。
「あ、ちが、アーネットは……」
なんとか誤魔化そうとするも、
ボブは慌てるモラを嘲笑った。
「ほらな、脅すとなにもできない。じゃあその…アーネットとやらが人質だ。お前は誰にも話さない、そしたら俺らはアーネットを殺さない」
「…はい」
不服だが、アーネットの命がかかっているため従わざるおえない。
しかしこのままではアーネットに迷惑がかかってしまう。
それは嫌だと思い、モラは提案した。
「あ、あの、やっぱり人質は…アーネットじゃなくて私のおじいちゃんとかじゃ…ダメですか?」
モラのおじいちゃんは去年病気で死んでいる、そのためおじいちゃんを人質にすれば誰にも迷惑がかからない。
モラの提案を聞いたボブとタカンキは少し話し合って言った。
「…まあいい、そいつの名前を教えろ」
「は、はい、えーと名前は…」
アーロンと言おうとしたが、モラは言葉を詰まらせた。
アーロンは父方の祖父だが、母方の祖父の名前も同じくアーロンなのだ。
そしてそのアーロンはまだ生きている。
これじゃダメだ。
「あの〜、すいません、やっぱりおじいちゃんじゃなくて従兄弟のマリにしてもいいですか?」
従兄弟のマリなんて人間は存在しない。
これなら誰にも迷惑はかからない。
しかしタカンキが少し考えて尋ね返してきた。
「マリ?下の名前はなんだ?」
「え?あ、アレックス、マリ・アレックスです」
名前を聞くとタカンキは仰天した。
「おお!そいつ知ってるぞ、俺の元カノだ!へえ、お前の従兄弟だったとは」
モラは恨んだ、偶然を。こんな偶然許されていいのか!?
「あ、いや違いますよ?多分違います、それはそれとして…やっぱりマリじゃなくて…」
次の代替え案を出そうとするモラにボブは怒鳴った。
「おい!てめえ誤魔化そうとしてねえか?俺たちが馬鹿だと思ってんだろ!」
ボブは怒りに任せてノートを開き、書き込みを始めた。
モラはやばいと思い、右足を引きづりながらボブのノートを奪い取った。
ノートの中にはさまざまな緯度、経度の座標が書かれていた。
このノートに書いた座標に何かを落とす能力か?
ノートを奪いとり安心したモラだったが、ボブは座標をスマホに打ち込んでモラを罵った。
「ノートを奪えば能力が使えないとでも思ったか!バーカ!頭でもぶつけろ!クソ女ァ!」
モラの頭上に落下物が出現した、モラはそれを見て困惑と絶望を同時に受け取った。
そしてタカンキはモラの頭上に現れたものを見て、慌ててボブをモラから引き剥がした。
「ボブ!馬鹿てめえ!大外れだこれは!」
現れたのは、モラの体全体を覆うほど巨大な岩だった。モラはもちろん避けることなどできず、岩の下敷きにされた。