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第6話 スターナウニュー

 とある雪の日、ネームペンの文字で「アルト」と書かれたピックを見つめながら、アーネットは路上を歩いていた。


 路上ライブをしているミュージャシャンに名前と、ピックを失くしていないかを尋ねたが全員アルトという名前ではなく、ピック見覚えのある人もいなかった。


「うーん…やっぱ無闇やたらには探しても見つかるわけないかぁ〜」


 今日はモラもいないので少し心許ない。

 もし「アルト」が外でライブするような人間じゃないとすれば、賞金への道は無いに等しいだろう。


 そう弱気になって歩いていると、また路上ライブをしているミュージシャンを発見した。


 アーネットはその演奏に心を奪われた。格別ギターや歌がうまいわけではないがとても素晴らしい演奏だ。何がと素晴らしいかと聞かれれば困るが……


「この人にも聞き込みをしとこう…」


 そのまま立ち止まって15分ほど、4曲弾き終えてギターを片付ける男に話しかけた。


「あの〜、ちょっといいですか?」


 横に置いていたカウボーイハットを被り立ち去ろうとしていた男が振り向いた。


「ん?……あぁ!さっき見てくれてた人?僕の演奏どうでした?」


 男は笑顔で尋ねた。


「あ、演奏はよかったです…でもそれとは別にちょっとお聞きしたいことが…」


 男は少し考えてオーケーした。

「いいですよ〜今日は暇だし」


 2人は近くのカフェに移動し、アーネットはいきなり尋ねた。


「名前を教えてくれませんか?決して怪しい者ではありません」


 男は前のめりになって態度が急変した。

「え?もしかしてスカウト?アルト、僕の名前はアルトだよ、やっぱ僕の演奏に魅入っちゃったかぁ…」


 変な勘違いをしているようだが「アルト」と言った、このままスカウトのふりをすれば色々と引き出せるかもしれない、そう思って続けて聞いた。


「あ〜そうですそうです、メジャーデビューも視野に入れて………ちなみに苗字は…」


「苗字?ああそれねぇ……わからなくて〜…まあそんなことより、どの事務所?」


 アルトは笑って流したが、アーネットは怪しんで追求した。


「苗字がわからないっていうのはどういうことです?わからないことはないと思うんですが…」


「あ〜、僕実は5年前から記憶がないんですよ〜そんで、見つかったとき近くに落ちてた名前以外が見えない身分証明書が落ちてて…そこに書いてあったのが「アルト」って感じです」


 本当かぁ?と疑ったが顔には出さず、そこから家族も恋人もいなくて1人世界的ミュージシャンになることを夢みていることなどを聞き出した。


「まあ、また今度メジャーデビューについては詳細伝えるんで…」


「わかりました〜また明日も路上ライブするので〜」

 アルトは荷物を持って立ち上がり歩き出す直前、誇らしそうに宣言した。

 

「実はこの前ピック無くしちゃって……あれ完璧な演奏じゃなくて……元のやつが戻ってくれば最高の演奏を聴かせてあげますよ!」


 そう言ってスキップで店を出て行った。


「勝った………!」


 謎の組織というのも、結構ガバガバなんじゃないか?


 アルトとかいうあの男が被っていたカウボーイハット。博物館に侵入してきた男の中に同じものを被っていたやつがいた。


 そしてやつの名前は「アルト」……決まりだ。


 笑いを堪えていると重大なことに気がついた。

「あいつ…金置いてってねぇじゃん……」


 先程までアルトが座っていた席の前には、食べ終わったパンケーキの皿だけが置かれていた。


 まあ金なんてこれから何倍もの額が手に入るからと言い聞かせ、カフェを後にした。


 これからすることはもちろん通報だ。


 ポケットからスマホを取り出し、警察へ電話しようとする。


 しかし、手が滑ってスマホを落としてしまった。


「やべぇ…大金目の前にしてびびってんのか?俺…」


 落ちたスマホをつかもうとすると、スマホはおはじきのように地面を滑って行った。

「は、はぁ?どういうことだ一体これは……」


 再びスマホに拾おうとすると、スマホはまるで地面を這うゴキブリのようにアーネットから逃げた。


 その後何度もスマホを掴もうとしたが、スマホはアーネットから逃げるように跳ねたり回ったりしてスマホとの距離はだんだんと遠ざかっていった。


 1時間ほどの格闘の末、なんとか掴んだが、変わり果てたスマホの姿にアーネットは深く悲しんだ。


「クソォ!一体全体どういうことなんだ!これは何か…誰かのせいだ!」


 これまでのモラとの写真や思い出、それら全てが凝縮された一台が無惨にもこんな姿に…悲しむアーネットの背後で誰かが言った。


「ごめんね〜、僕も捕まりたくないからさあ…」


 その背後を振り返るとアルトがいた。


 ドラム缶に座りながらアーネットの表情を覗き込むアルトの表情は、挑発的なわけでも悪意がこもっているわけでもなく、うっすらと申し訳なさを感じる表情だった。


 アーネットは怒号をあげた。

「なんだその顔は…!」


 アーネットはゆっくりと立ち上がりアルトの着ていたズボンを掴んだ。


「まずはそのスカしたズボン!桜の花びらにしてやるよ!」


 アルトの着ていたズボンは一瞬にして桃色の桜に代わり、アルトのパンツは丸見えになった。


「あらら…寒いね」


 アルトは困り顔で呟いた。


 アーネットは少し誇らしげな笑顔を浮かべる。


 しかし次の瞬間、アーネットは雪の上に倒れていた。


 気づかぬうちにアルトに攻撃されたようだ。それも数発、全部溝落ちだった。


「クソ…動けねえ…腹いてぇ…」


 アーネットが腹を抑えている間に、アルトはアーネットの鞄を漁った。

 

「趣味悪ぃぞ…別にやましいもんはないが…」


「やましいもの?あるでしょ、僕のピック」


 そんなところまで見破るとは…アーネットの戦意は喪失した。ということはなく、自信に満ち溢れていた。


 なぜなら監視カメラの映像が残っているはずだからだ、しかしそんなアーネットの思考を読み取ったようにアルトは言った。


「無駄だよ、監視カメラは大体破壊してあるし…僕は一応副業で監視カメラの映像見れるから差し替えれるんだよね〜…あ、僕のピック」


 全部無駄だと知りアーネットはいっそ高らかに笑った。


 ピックを見つけて帰ろうとしていたアルトは首を傾げた。


「実はよお…そのピック偽物なんだ、俺の能力は「同じものを複製する」…そんな感じ、そんでそのピックは複製した方なんだよ…そして今俺の手の中にあるのが本物だ」


 アーネットは正真正銘「アルト」と書かれたピックを見せた。アルトは手に持った偽物をよーく確認してから言った。


「へえ〜すごいねえ、違いはわからないけど」


 アーネットはピックをさしだしながら、アルトにバレないよう小さく笑みを浮かべた。


 そしてアルトはピックを受け取った。


 しかしアーネットはピックを離さない。


「……?いや、離してくれないと受け取れないんだけど」


 少し怒ったように言うアルトに対してアーネットは静かに言い放った。


「さっき、「同じものを複製すること」が俺の能力と言ったな、あれは嘘だ」


 アーネットはピックから手を離し、ピックはアルトの手のひらの上に落ちた。


 その形を大きく変えながら。


「な、これは!自動車!?」


 アルトの手のひらには巨大な自動車が出現し、地面と自動車でアルトの腕は挟まれた。


「騙されたな?俺の本当の能力は物体同士の位置を入れ替える能力だ…俺の作った偽物のピックとそこらへんに停められていた自動車の位置を入れ替えた、そして見える範囲の物しか入れ替えることはできない…別に写真とかでもいい」


 アーネットはゲスな顔をしながら丁寧に説明した。アルトはおそらく能力で自動車から抜け出して言った。


「なるほどね…じゃあ何も見えなくなれば!良いってことかい?」


 アルトはまた瞬間移動のように動き、着ていたコートでアーネットの視界をくらませた。


 しかしアーネットは再び笑う。

「また騙されたな!さっき言った能力も嘘だ!」


 アーネットは真の能力「スタートナウニュー」で再構築させた地面を触手のようにアルトの手足を絡めた。


 アルトは諦めたようで、ため息を吐いた。


 そしてアルトは尋ねた。


「絶対に捕まらないようにはしてるけど…メジャーデビューの話ってどうなるの?」


「メジャーデビュー?嘘に決まってるだろ、嘘、嘘、嘘、トリプルスコアだ」


 それを聞くとアルトは文句を言った。

「え〜、じゃあ僕の歌に感動したのも嘘?」


「もちろん、そんなこと言ったっけ?」


 アルトは不敵に笑って指差した。

「それ、嘘だね、ライブ中のあの顔は魅入られてるやつの顔でしょ。嘘、嘘、嘘、嘘、クアドラプルスコアだね」


 意味のわからないことを言っていると思いアーネットは無視した。今嘘をついたのはまんまと見破られたようだが。

「ああそれとさ」


 まだ何かあるのかとアルトの方を見ると、アルトは立っていた。触手は破壊されていたようだ。


「僕意外と力強いんだよね、じゃーね!」


 アルトはあっという間に去っていった。アーネットは地面を強く叩いた。


「クソぉ!」


 まあ…モラとデート、いや捜索する時間が増えると思って、なんとか落ち着くことにした。

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