凡人の魔王を倒す理由
男は去っていった
凡次に声を掛けた時と違って普通に歩いているが、足の運び方、呼吸の仕方、血の巡り方、体の動きどれ一つとっても達人を凌駕する領域だ
凡次は迷っていた
自分を魔王を倒すと思って命を懸けてくれたプルエルの意思を尊重するべきか、それともプルエルの安全のために身を引くべきか
「凡次…あれを超えられる?」
……
「正直、無理です」
「あの人でも魔王には敵わないんですよね」
「えぇ、あいつが1000人いても無理ね」
「じゃあ、仮に僕が強くなっても、あの人を仲間にしても、ほかの仲間をふやしても」
「勝てないですよね?」
「………」
「もういいじゃろ、エル」
「ガルド」
「叶わない理想の海に沈むことはない」
「それでも!凡次は…」
「まだ言うか!!」
ガルドが怒鳴る
「現実を見せられて尚、その男と心中しようなど妄言を抜かしおって」
「大体なぜそこまでその男に拘る?」
「その男は魔王を倒したい理由があるわけでもあるまい」
「理由のない目標は叶わん!」
凡次は何も反論できなかった
プルエルを庇うために音の一つでも出したいのに、喉が凍ったように動かない
「それでも…」
「…まさか、その男に惚れたのか?」
「……」
「たかだか三日間同じ屋根の下にいただけで?」
「笑わせないでくれ」
「本当に…」
「…私が凡次の傍にいる理由は確かに恋情も混ざってるかもね」
「だけど、それだけで命を懸けるほど私も馬鹿じゃない」
「私は許せないの、一人の人間がただ直向きに努力していたのに、その努力を0にする理不尽な世界、その努力した人間を救おうともせず地獄へ叩き落して死に目に会わせる歪んだ運命」
「だから私はこいつの傍にいてやりたいと思ったの」
「それは哀れみか?」
「いいえ、怒りよ」
「そうか、だがお前さんの相棒はどうかな?」
両方、凡次に目を向ける
(…情けない)
(プルエルさんは自分の事をこんなにも考えて、怒って、寄り添ってくれた)
(邪な事なんてなくて、ただ純粋に俺を信じてくれていた)
(なのに…俺はまだ、応えられてない)
(ここで応えなきゃ俺は、人である資格はない)
「魔王を倒す理由でしたね」
「20年以上長生きしたいとか、救世の勇者になりたいだとか」
「確かに、事実としてこういう心の内もあります」
「だけど!そんなのが霞むぐらい、僕と違ってただ純粋に僕と一緒に怒ってくれて、寄り添ってくれて、信じてくれて、命を懸けてくれたプルエルさんに応えたいんです!」
「僕は彼女が血迷ったと皆に誤解されたくない」
「彼女の言ったことを誤りにしたくない」
「他の些細な理由なんてなくても」
「たとえ地獄を何度見ようとも」
「この身が焼けようと」
「僕は」
「彼女の為だけに戦います」
「…そうか、なら儂はもう何も言わん」
「凡次、お前さんを認める」
瞬間ギルド内の連中が騒ぎだす
「おめでとう!」
「よッ勇者様!」
「ゲンゾー、お前さんはどうなんじゃ?」
ゲンゾーがどこからともなく現れる
「そうだなぁ、確かに凡次は雑魚だ」
「クソ雑魚」
「凡人だ」
「だが、凡次の意志は必ず魔王を殺す剣となる」
「俺は凡人が魔王を倒すところを見てみたい」
場が静まり返る
「それって」
「侍忍者、源蔵」
「不肖ながら今ここを以て、貴殿に忠義を尽くし、剣となろう」