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第8話 冷床にこそ、自ずと咲き撓(おお)るは・・・その泪の際にか。(伍連)

「コランディナル家から?」

執事のコバギから一通の手紙を受け取った彼は思わずコバギに問いただす。


「はい。」


手紙の送り主はミシェリ―ル・ユスト・コランディナル。コランディナル伯爵家当主夫人でありセラフィスの義姉である。

だが、何故彼女が?

また厄介ごとか?という気持ちもあるが、放ってはおけまい。



「え?私をですか?」


彼女が驚くのも理解できる。

俺も驚いているのだから。

コランディナル伯爵夫人からの手紙に封じられていたもう一つの手紙は、アティ宛の招待状だった故に。


「皇宮の舞踏会前に、どうしても君をお茶会に招待したいらしい。これもセラフィスの仕業なのか?」


「さあ。私には。」


「ふむ。まあ、伯爵夫人はさっぱりした方だし、君も知り合いを作っておいた方が心強いだろうから。これは良い機会なのかもしれないな。」


「はい。あの、公爵様。私は。」


言いかけた言葉を呑み込んで少し俯く姿は幼い少女そのもので、彼女は不安に包まれているように見えた。皇宮舞踏会、伯爵家での茶会と立て続けに彼女の存在を公爵邸ここから外へ晒そうとするこの成り行きが彼女の想定外だからなのかもしれない。


執務室のソファの体面に座っている彼女は、普段のおおらかに咲く花のような笑顔をこちらに向けることもなく、少し途方に暮れて萎れかけた蕾にように見えて、俺は自分の中の何かがぐうっと掴まれるかのような感覚を覚えた。


「フラヌでいい。」


何か、そう何かを彼女に。


「え?」


「君は俺の縁戚の令嬢だからな。今後はフラヌと呼んでもらって構わない。」


「あ、はい。ありがとうございます、閣下。」


「フラヌ、だ。」


「はい。フラヌさま。では私のこともどうかアティとお呼び捨てください。」


「分かった、アティ嬢。

一つ言っておくが。君はこの俺の、オブスライディエ公爵の縁戚の令嬢だということを忘れるな。

君が望む限り、どこにいようとそう名乗ってもらって構わない。

それが君を託された俺の君への責任だ。だからどこに行こうとも君は誰に臆することなく堂々と振舞えばいい。」


この人の懐の深さはなんて~とアティは彼の言葉の重みに自分が感動を覚えたのを悟られないように、口角をゆっくりと上げながら微笑みで答えながら彼にカーテーシ―を捧げた。


「フラヌ様に心からの感謝を。」







アティ。名も無きただのアティだと?

あれほど完璧な礼を尽くせるものが?


格式高い家門の令嬢ですら及ばぬほどの作法を当然のように身に纏い、だが、屋敷の使用人達と朗らかに談笑しながら茶の時間を共にする。

屋敷の騎士達すら、彼女の煎じる薬茶を楽しみにしているともコバギは言っていたか。

そして、帝都中を彷徨うかのように怪しげな動きをして回っている~この少女のような彼女は、いったい何者だというんだ?

セラフィスに連絡がつけば、この解けない難題を抱えてもやもやしたい不快な気持ちが晴れるのだろうが。それもいつになるか全く読めない。

幾ばくかの苛立ちと共に自分の心のどこかに小さな火花がちりちりと咲きながら、大きな花火に変化していくかのような、そこにどんな花が描かれるのかと無邪気な期待を待ち焦がれる幼い子どものような自分が居るのを否定できなくなっている、そんな自分を理性でなんとか消去しようとする自分、そんな葛藤に揺れながらも、彼はアティの振舞いを好ましいと感じる自分を嫌いにはなれないでいる。


まあ、いいさ。これもまた何かの波なのだろう。


『フルクテゥアト ネク ネルギトゥル(たゆたえど沈まず)』


この言葉を俺にくれたのは”彼女”だったな。

どんな波であろうと、俺は受けるべく生まれた者。

それにおそらくアティというこの少女は、善の善なる波であるのだと、俺の本能が知らせている。

ただ、その波は、想像もつかぬほどの波であるのかもしれないが。


思考が感情を包み込んだ時、フラヌは何故か苦笑に近いものが込み上げた。

”彼女”から派生するものは、今もってなお、実に・・・。

これだから、俺は、いや俺たちは魅了され続けるのだろうな、と。







伯爵家へのお茶会の招待は自分の身を公爵の保護の外へ晒すことにはなるが、これもまた良い機会なのかもしれない、とアティは自分の計画が多少の変更によって良き方向へ変化していくように持っていくのもまた自分次第だとそう自分を諭そうとする。

そう、自分はそうやって生きてきた。

生きることを後退ではなく前進という道筋で切り拓きながら。

そしてそこから何が生じようと、それは自分の選択でありそれ故の責であると積を重ねながら。

だからこそ、今回もまた変事で終わらずの好事から好機としてみせよう。


伯爵家の茶会に持っていく土産の準備は整った。

アティは皇宮舞踏会に向けて準備していたことを、今回のお茶会で試行してみようと思っていた。

確かにこれは良い機会をなってくれるかもしれない。

その期待感にワクワクさせられながらも、それとは別にアティはセルフィスの家族に会えることを自分が喜んでいることも自覚していた。

そしてまたアティは、この茶会はセルフィスの家族にもきっと良い影響をもたらすはずだとも確信していたのだった。



彼は・・・とアティは思いを馳せる。

舞踏会もお茶会も、もしかしたら、セルフィスは想定していたの?

それともすべての流れが彼の構想プランなのかしら。

まあ、いいわ、とアティはもう思案を棄てることにした。


『フルクテゥアト ネク ネルギトゥル(たゆたえど沈まず)』


どんな波が来ようとも、私は溺れはしない。

私なら、できると言ってくださったのだもの。

波浪を乗りこなし、風浪を起こす~これこそ人生の醍醐味じゃないかって微笑んで・・・。








ミシェリ―ル・ユスト・コランディナルはとても美しい女性だった。

セルフィスの兄であるコランディナル伯爵当主とは仲睦まじいと評判であるが、彼女のその知性と胆力の大きさは帝国貴族の男性にも劣らぬと噂されている。

女性蔑視の貴族の輩が、彼女を女だてらにと侮辱した時、あらゆる面で完膚なきまでにやっつけられたという逸話すら持つこの女性は、学問好きで政治を嫌悪しがちなコランディナル伯爵家の男性陣の守護的な役割を誇らしく思っているようにみえる。

光に反射すると薄いグリーンに見える金髪の巻き毛をしっとりと結い上げて、オレンジ色に近い淡い琥珀色の瞳でしっかりとこちらを値踏みするかのように見据えてくる伯爵夫人ミシェリ―ルのその眼差しをアティは逸らすことなく真正面から受け止めた。


「ようこそ。あなたがアティね。話に聞いていた通り、芯のしっかりした可愛い方。

私はミシェリ―ル。ミシェルと呼んでちょうだい。」


冷たささえ感じた一瞥から、打って変わったかのような温もりさえ籠った微笑みを向けて来る伯爵夫人にアティは張り詰めていた緊張感がプツンと切れてしまったかのような脱力を覚えながら、けれどまたなんとか自制心を奮い起こした。


「ミシェルさま。この度はご招待感謝申し上げます。」


「気を遣わせているわよね。アティ。どうか気を緩めて欲しいの。

うーん。実をいうとね、私とあなたは・・・これが初めての邂逅であいではないのよ。」


伯爵夫人は砕けた口調でそう言うと、アティの衝撃を予想していた感で見つめまま、ミシェリ―ル・ユスト・コランディナルは聖母のような微笑みを浮かべたのだった。




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