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第7話 冷床にこそ、自ずと咲き撓(おお)るは・・・その泪の際にか。(肆連)

「どうしてこんなことに?」


アティは自分が何故こんなところに居るのか、理解はしていてもいまだ感情が追い付けないまま言葉が呟きとなって落ちる。

そもそもが、全てにおいてが突然で。

けれど、そこには自分が一番願っていた望みがあり、自分はその為にここに、帝国に来たのだからと、心に言い聞かせるように己を諭して、彼女は一歩足を踏みだした。



あの日、公爵は忘れ物を拾った人のような口調で彼女にこう告げた。

「そなたの願いが叶う。彼に会えるぞ。」と。


帝国の公爵家に住むようになって数か月で彼が皇太子殿下への謁見の場を整えてくれたのかと、彼に感謝を捧げようとしたアティだったが、続けて彼の口から飛び出した言葉は・・・。


「来月、皇太子殿下の誕生を祝う舞踏会が皇城で開催される予定だが。そこに君も招待されることになるだろう。」


「舞踏会?私は皇太子殿下に直接お会いしたいのですよ。なのに、」


失望と苛立ちを言葉に隠さず、そのままの感情で彼に向かってくる彼女はフラヌの視界を圧倒してくるかのようだった。


「今回の機会にまずは殿下に君を紹介する。謁見はそれからだ。君が俺の遠縁の令嬢だと分かれば、君も殿下に会いやすくなるはずだ。」


「でも、公爵様は、ここで殿下と会わせて下さると仰いました。」


「ああ、事情が変わったんだ。すまないが、今回はこれでよしとしてくれ。

舞踏会の支度はコバギや侍女長に言っておく。君の好きなように自由に整えてくれて構わない。」


それだけ言うとこの話はもう終わりなのだという空気を纏う彼を感じ取ったアティはもう何も言うこともできず、静かに礼を取って彼の部屋から退出するしかなかった。






「アティお嬢様。明日は帝都一番のデザイナーを屋敷に呼んでドレスのお支度をと思っておりますよ。」

侍女長の言葉にアティの側に居たメイリの方が嬉しそうな顔を見せる。


「アティさま。素敵なドレスを作ってもらいましょう。ああ、アティさまなら、どんなドレスを着ていても帝国一の花のように美しいでしょうね。」


他の侍女達もうんうんとメイリの言葉に頷く中、アティは何か考え込んでいるように見えた。


「メイリ。お願いがあるの。」


しばらく何かを思い悩んでいるように見えたアティだったが、すっきりとした表情でにっこりと笑みを浮かべるとメイリに言葉を発した。




 



まったく、なんでこうなったのか。

あの夜、お茶を淹れてくれた彼女に舞踏会の話をした時から、フラヌは自分の言葉がアティを失望させたことの重みに彼自身が己に悔恨と失望の入り混じった思いを募らせていることを振り払えないまま時間を過ごしていた。


俺は今回、やり方をしくじったな。全部が愚かだった。

フラヌは記憶の向こうに在る自分に腹が立つのを堪えかねるばかりだった。

しかし、彼女はやはりありきたりな令嬢とは違うということか、とも思いもする。

あいつは年頃の令嬢は誰もが皇宮の舞踏会に憧れるものだと、言ってなかったか?

そうだ、言っていた。

笑いながらあいつは俺に言った。

まったくもって、今回の全ての元凶はあいつにちがいない。


フラヌはそもそもセルフィスの手紙でもって彼女に信用を置くと決めたが、さらに確認の意味で彼女のの身元や人柄さえしっかりと把握できれば、近いうちに彼女との約束を果たす為に公爵邸に皇太子を招待する心づもりでいたのだ。

だが、その予定は覆ってしまった。

そう、俺が彼女のことを伝える前に、どこで聞きこんできたのか。


「フラヌ。僕に話があるよね?」


執務室に呼ばれた俺は皇太子の満面に笑みに迎えられて嫌な予感しかしなかった。


「ハッ。殿下。なんのことでしょうか。」


「なんだか素敵な女の子と暮らしてるらしいね。こっちでも評判になってるよ。」


「遠縁の令嬢を預かっているだけですが。」


「ふううーん。君がねえ。年頃の令嬢を、へえええ。」


ああ、この微笑みは質の悪い奴だ、とフラヌは皇太子の顔を見つめながら、アティのことをどう伝えるべきかと思案する。


「そもそもこれまで女の子に全く興味の欠片もなくて?いまだかつて家門の令嬢など一度も側に寄せたこともない君が?

はっ。そうか。僕は君の友達だと思っていたけれど?

そうか、全く持って僕の独り善がりだったということなんだな」


言いたいことを言いたいだけ、つらつらと言葉に並べてこちらに振りかけた後に、俯き加減に背中を見せて来る。

ああ、昔からこいつは・・・と、彼の演技に近いふざけた振舞いにフラヌはもはや諦めの境地に至る。


「はあああ。分かったよ。」


大きなため息をついたフラヌは砕けた口調で目の前の男に向かう。

アカデミー時代からの悪友である彼、皇太子イマグヌス・プリムポルタス・マリディクトベリシュ。

彼らはアカデミーで黄金時代を共に過ごした絆で深く結ばれており、表面的には公爵と皇太子という主従関係を保ってはいるが、本音の部分で言えば互いが互いにとって永遠の友、悪縁の親友という存在でもあった。


「で、誰なんだ?お前の懐に入り込んだその令嬢は?」


してやっったりとほくそ笑みながら、皇太子イマグヌスはソファに向かい側に座っているフラヌの顔をまっすぐに見つめながらその問いを放ってきた。

フラヌの中でイマグヌスの問いにどう答えるべきか、なにが正解なのかという思案が揺れながら言葉を探すが、彼は心のままの言葉を発した。


「俺も彼女の素性はよく分からない。」


「君に分からない?そんなことがあるわけが?」


顔をあげて揶揄うような口調で大げさな仕草をフラヌに向けたイマグヌスがフラヌの表情に気付く。


「え?ほんとうに?オブスライディエ公爵家の情報網をもってしても不明だというのか?」


皇太子イマグヌスの口調が変わり、そこには多少なりとも彼が衝撃を受けていることが、彼の表面でない本音の部分が無意識に曝け出されたことから、フラヌにも感じられた。


「ああ。そうだ。全くだ。」


「でも、では、なぜそんな素性も分からぬものをお前は公爵邸に?」


怪しげな人物を何故屋敷に迎え入れたのか、とイマグヌスが厳しい目つきでフラヌに問いかける。


「セラフィスだ。」


「は?」


「アカデミーでセラフィスが関わった者だと、令嬢かのじょを彼から託された。」


「あー。セラフィスか。」


皇太子イマグヌスの顔に狐につままれたような妙な表情が浮かび、その反面、彼が納得しかかったようにも見えた。


「だが、それでも容易にお前の懐に入れるにはあまりにも危険ではないのか?」


イマグニスは友人を案じる気持ちが透けて見えるほどの忌憚ない物言いで、フラヌを叱咤せんばかりに気持ちを向けてきた。


まあ、そうだなとイマグヌスの反応の温もりを感じ取りながら、フラヌは彼の瞳をまっすぐに見つめながら、おそらくはこの会話の最後になるだろう言葉をイマグヌスに向かって放った。


「”彼女”だ。」


「?」


フラヌの発したその一言にイマグヌスが言葉を失った。


「セラフィスに令嬢を託したのは、”彼女”なんだ。」




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