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第4話  冷床にこそ、自ずと咲き撓(おお)るは・・・その泪の際にか。(壱連)

※改稿しております(内容はほとんど変わりませんが、少し加筆等あります。)

「街へよく繰りだしているようだが、女の身一つでとは、不用心なのではないのか。」


オブスライディエ公爵家に居を移してから一月ほど過ぎた頃、アティは公爵に呼ばれて執務室に向かった。

またしても公閣下は彼女が礼を取るのを制し、席に座らせると、藪から棒に言葉をぶつけてきた。


「私がどこに出かけているのか、そこまで監視なさっているのですか」


アティも彼に負けてはいない。

そもそもが屋敷の外までの行動に干渉される覚えなどないのだから。


アティからの反撃に近い口調に、彼は口を閉じて彼女を凝視していたが、ふいっと顔をそらすと立ち上がり、窓辺のほうに歩いていくと外のほうに視線をむける。

部屋には沈黙のみが流れるが、アティも自分から口を開くものかと、意識して背筋をぴいんと伸ばしてその場にじっと座ったままでいた。


「他意はなかった。」


しばらくの間の後に、先に口を開いたのは彼だった。


「帝都は令嬢が出歩くには決して安全な場所ではない故に。護衛を付けてはどうかと思うのだが。」


公爵の口調は穏やかで、本当に彼女の身を案じての言葉なのだということが伝わってくる。


彼女は苛立ってケンカ腰になってしまっていた自分が恥ずかしいと感じて、かあっと血の気が頬に集まってくるのを止めることができない。

だが、なにか、そうこの誠意には誠意で応えるべきだ、と人としての彼女が自身にはっぱをかける。


「公爵閣下のご温情に対して、私の言葉は適切ではありませんでした。お許しください。」


「いや。俺の言い方も乱暴だった。すまない。」


「いえ、そんな。」


互いに言葉を交わしながら、互いの次の言葉が被る。


「護衛の件だが、」

「お気持ちはありがたくいただきますが、護衛に関しては。」


彼女は彼の気持ちに感謝の念を覚えはしたが、自分の行動が護衛を通して公爵に筒抜けになるのはお断りだった。

公爵の善意に水を差すことなくなんとか護衛を断ろうと言葉と探す。


だが。

「いや。」

と、彼は彼女の言葉を軽く手で止めるような仕草で遮ると、アティの目をまっすぐに見つめながらこう言ったのだった。


「そなたの行動に関しては、俺はいっさいの報告を受けない。それでどうだろうか」


「え?」


「護衛も、女性の騎士を付けよう。そなたの行動に制限は一切ない。ただ、護られることだけ、だ。」


そう言って彼女の反応を見入りながら、公爵は言葉を締めた。


「俺を信じてここに来た、その気持ちに俺は応えたい。受けてくれるか?」


帝国の公爵家の当主がこんな小娘にここまで丁寧に礼節をもって対応してくれている、それも彼女自身の身の安全の為に。

そう思うと彼女は目の前のこの男性に素直に頷く自分しか見つけることはできなかった。

と同時に、この男性ひとはいったいどういう人間なのだろうかと。

自分が見聞きしていた表面の彼ではなく、もっと内側に踏み込んで、彼の柔らかい心根に触れてみたいという漠然とした何かが自分の心の奥底に芽生え始めたことを、この時の彼女はまだ知らなかった。






「アティさま。今日も街へ行かれますか?」


朝食を食べ終わった後、アティに爽快な笑顔でそう問いかけてきたのは彼女の護衛騎士メイリ。

公爵閣下がアティの護衛に付けてくれたのは、アティより年上の姉のような女性騎士だった。

彼女は明朗快活な、腕の立つ騎士で、公爵家の騎士達の中でもその剣技は一目置かれているほど、とは後から聞いた話であったが。

共に過ごす時間が増えるごとに~アティは、言葉を飾らない、けれど思慮深いこの年上の護衛騎士の懐の大きさに気持ちが救われることが多くなっていた。

そしてまた故郷に年の離れた妹を残して帝都に来ているメイリは、アティが故郷の妹の姿と重なることが職務を越えそうな程の情を呼び起こす要因なのだと自分を戒めようと努めていた。

だが、護衛としてアティの側に共に在ることが多くなればなるほど、少女のような年頃のこの令嬢が心の内に何かを背負い、たった独りで何かを懸命に成そうとしているのを察する度に、その健気さが自分の胸を疼かせるほどの切なさを生じさせていくのを止めることが出来なくなっていったのだった。

そうしてこの果敢な、されど孤独な少女と、溢れるほどの情愛を捧げることを生きる糧とする女騎士は、ある意味、運命の出会いの渦中に互いを見出したのである。


 

 

アティはメイリが護衛に付いてくれることで、自分が思っていたよりはるかに多くの場所へ足を踏み入れることが出来るようになり、それ故に想像以上の成果も上がってきていた。

時間が経つごとに、アティの中に公爵に対する感謝の念が膨れ上がっていく、そして彼女はその気持ちを何か返せないだろうかと思い始めていたのだった。

だが、裕福な公爵である彼に自分が贈って喜んでもらえるもの等あるはずもないという思いが心をもやりっとさせる。


そんなある日のお茶の時間に~アティの要望でお茶の時間はメイリには共にお茶を飲んで美味しいおやつを食べるように頼み込んでやっと受け入れてもらったのだが~いつものように、アティがお茶をカップに注ぎながら、ふと漏らした言葉をメイリは丁寧に掬い上げてくれたのだった。


「公爵閣下は、あまり深くお眠りになれないことが多いのですよ。」


「え?それは、原因がなにかあるの?」


「先の大戦で負傷されたことで原因不明の頭痛が変則的に生じるようになれらまして。」


「それが不眠を起こしていると?」


「主治医が手を尽くしていますが、どうすることもできないままの状態がずっと続いております。」


「なんてこと。なんてお気の毒なの・・・」


アティの目はただただ強い軍人である印象の公爵閣下が実は解決できない心身の不調に苦しめられいるのだということが、アティの胸を打つ。

なにかないだろうか。なんとかして少しでも・・・とアティは自分の知識を総動員させながら頭の中で考えを巡らす。


懸命に思案しているアティの様子をじっと見つめていたメイリが顔を綻ばせながらアティに言葉を落とした。


「アティ様。この前、アティさまが私に淹れてくださったお茶がありましたよね。」


「あ、うん。」


「あの日は、私は疲れが解れたような感覚が心地よくてですね。朝までぐっすり眠れたんです。」


「あれは。」


「そうです。たしか茶葉を私の症状に合わせてブレンドしてくださったって、仰ってましたよね。」


「うん。」


アティはメイリの突然のこの話題がどこに向かうのかよく分からないまま、メイリにブレンドした茶葉のことを頭に思い浮かべていた。

あれは確か、あの茶葉と薬草も足して、それから~


「ですから、アティさま。」


「ん?」


メイリがにっこりと気持ちいい位の向日葵みたいな笑顔をアティに向けて咲かせてるのが見えた。


「公爵閣下オリジナルっていうのをお作りしたらいいんじゃないですかね?」


「ええ・・・ええええ?」





あの時の自分を思い出すと、まるで私は素っ頓狂な声で哭いている鳥になったみたいだったな、とアティはまた頬が熱くなりそうだったな、等と気を紛らわせながら真っすぐに歩いてきた廊下も終わろうとしていた。


ああ、着いてしまった。

すぐ後ろでメイリがニコニコして私を見つめてる視線が背中に痛いくらい。

ここまで来たら。

進むしかないわね、と。

私は大きく息を吸って、大きくその息を吐いた、その勢いで右手を持ち上げて扉を叩いた。


「誰だ?」


部屋の中から声が聞こえる。

少し低いけれど落ち着いた声。

彼の声だ。

私はドキンドキンと弾み出した胸の鼓動を呑み込むように、ごくり唾を呑み込むと言葉を絞り出した。


「公爵閣下。アティです。入ってもよろしいでしょうか。」



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