《season⒈ 完》 第29話 一輪満ちて…一凛の。(捌連)
全てが終わりその場から連行されようとしたモルギ・パンタルアが近衛隊の隙をついて走り出した。
そしてモルギはディラリアへの苗暴言を吐き散らす。
「しがない男爵令嬢のお前ごときが、よくも。
絶対にお前だけは道連れにしてやる。
ディラリア、お前がどれほど高い地位に上ろうとも社交界はお前の過去を決して忘れないだろう。
奔放なお前が何人もの男たちと枕を共にしたということをな。
お前は妖婦であり俺こそが被害者だ。
この娼婦め、いったいどれほど身体を売って王女や皇太子をそそのかしたのだ?
ああ?ディラリア。ディラリアよ。ハハハーお前も地獄へ落ちるがいい、はははー」
誰にも止めることができないまま吐き出された暴言から醸し出される悪意そのものが毒となって周囲に広がっていくかのよう。
近衛隊がモルギを取り押さえようとした瞬間、ぴしゃりっとモルギに向かって何かが投げつけられた。
それを見た王女の顔色が変わる。
彼女は呪文のように呟き始めた。
「だめ、だめよ。そこは堪えてちょうだい。ああ。」
王女の顔に諦観の表情が浮かび、彼女は大きく、ほんとうに大きなため息をもらした。
そんな彼女のただならぬ様子に驚きを隠せない皇太子が王女に囁く。
「ルリ?どうした?」
王女の視線はモルギとその側に立つ男性にくぎ付けだった。
ディラリアもまた同じく茫然としたままそちらを見つめ続けている。
「モルギ・パンタルア。おまえに決闘を申し込む。
レディへの侮辱はお前自身の命で償え。」
モルギに決闘の証を投げつけ、その場でモルギを刺し殺しそうなほどの殺気の籠った目で睨みつけている男性に会場中の注目が集まっていた。
「あああ。やってしまったわ。まったく、困った御方だこと。」
王女の呟きに首を傾げる皇太子に視線を戻した王女は彼に微笑むと、彼の手を取るような形で彼にエスコートされて問題の彼らの側に立った。
会場の誰もが王女からのなんらかの説明を待ち構えているようだった。
ふううっと傍らの皇太子だけが気付くかのような小さなため息を漏らす。
そうしてきゅうっと口角を上げて、王女はにっこりと大きな笑顔でもって皇太子に向き合った。
「殿下。ご紹介致しますわ。こちらはトルティット王国王子であり、王国テンプルムの長であるカエルレウス・ルラキス・トルティット。
私の兄でございます。」
アティは何度も思い返した結果、やはりと自分を奮い立たせてこの場所を訪れていた。
ミシェリ―ル・ユスト・コランディナル。
皇宮舞踏会の前に訪れたコランディナル伯爵邸での茶会で彼女がアティに漏らした言葉の真意を問いたくてアティは彼女を訪ねたのだ。
「今日はキャレラフィーネは外出しているの。あと2時間ほどで彼女は戻るから。
それまでは私とあなたの二人でお茶をいただきましょうか。」
「はい。あの、実は今日はお尋ねしたいことがあって。」
ごくりっと唾を呑み込んだ後、アティは自分の正面に座っているこの優雅なコランディナル伯爵夫人をじいっと見つめる。そしてアティは自分の中の勇気を振り絞って伯爵夫人に切り出した。
「ええ。そうじゃないかと思っていたの。
そうそう、デビュタントの夜は大丈夫だったのかしら。
キャレが皇太子殿下と踊って時間を稼いだようだったけれど。」
「あ、はい。あの後は無事に帰ることができました。ありがとうございました。」
「皇太子殿下は何故あんなに…」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ。気にしないで。それより私に聞きたいことって。」
「あの、ミシェルさまは私の母をご存じなのですか?先日私におっしゃいましたよね。」
「ああ、そんなことを言ったかしらね。」
ミシェリ―ル・ユスト・コランディナルはこの可愛らしい少女にどう応えるべきか、自分が何を与えてあげることができるのかをずっと考えていた。
このアティという運命の申し子のような少女に出会った時から、自分は何をするべきなのかを。
「確かにそうおっしゃいました。」
真摯な瞳を自分に向けてミシェルの言葉の何一つとして聞き漏らすまいと懸命に彼女を見つめるアティ。
ミシェルもまたそんなアティを見つめながら胸が苦しくなるほどの切なさを懸命に呑み込もうとしていた。
そう確かに私は言った。
彼女の大切なアティに。彼女の愛の在り方そのもののアティに。
「アティ、あなたは彼女そのものなのね」と。
私の心がそう呟くままに、その言葉が私の口から零れ落ちたのだ。
ルリ、私のルリ。
あなたに会いたくてたまらない。
どうしてここにあなたはいないのだろう。
そして私はいつまであなたのいないこの世界を生きるのだろう。
ルリ、ルリ。どうか世界があなたの愛を守りますように。
あなたがの愛がしあわせでありますように。
《 第1season 完 》




