第28話 一輪満ちて…一凛の。(漆連)
「ああ。そうだ。俺の名はミレル・パンタルア。
俺の父はあのパンタルア商団の主であるモルギ・パンタルアだ」
「まあ、あなたさまは、コーリャ家のミレル様だと思っておりました。」
屈託のない侍女の言葉を受けて、ミレルは得意げに話し出した。
「俺があんなちっぽけな家の息子なわけがないだろう。
あの家は借金のかたに父上に買われたも同然。俺の父上は実に賢い御方さ。
パンタルアはこれから帝国一の商団にのし上がる。
だが、金だけではだめだ。
社交界で商売の人脈を手に入れるためにも、父上は俺を男爵にするおつもりなのさ。」
「まあ、あなたさまが男爵さまに?素晴らしいことですわ。」
「見ていろ。もうすでに獲物は掛かった。そして父上は狙いを定めた獲物を決して逃しはしないのさ。
もうすぐ俺は男爵となるだろう。お前も務めなど辞めて俺の元へくるがいい。」
「ミレルさまは、どちらの男爵さまにおなりになるのですか?」
無邪気な瞳を向けてくるその可愛らしい侍女の問いに、一瞬ミレルは身構えたが、だが、まあと思い返す。
こんな小娘の言葉など誰もまともには取り合わないはず。なんといっても俺はもうすぐ貴族の家門の旦那様になるのだからな。
にやりと歪な笑顔を向けながらミレル・パンタルアは侍女の答えを返した。
「そう、俺はベルドゴン男爵様なのさ。」
映像はここで途切れ、会場に明るさが戻ると、続けて王女は話し始めた。
「ここから先はだらだらと長くなりますので、皇太子殿下にお渡しした調査報告書から概要を述べさせていただきます。」
そして彼女の指示で次から次へと明かされいくのは、モルギ・パンタルアがベルドゴン男爵家に仕掛けた罠の数々だった。
人を使って領地に流行り病をもたらし、悪質な罠で男爵夫人の命を奪い、ベルドゴン男爵を罠にかけて多額の借金を作らせた。
その上で男爵家の使用人を買収して男爵自身にも少しずつ身体を害する毒を飲ませていたというのだから、モルギ・パンタルアは有罪そのものだった。
もはやモルギ・パンタルアは成す術もなくその場にうなだれたまま。
モルギの身柄をおさえた帝国近衛隊によって御前から引き出され部屋の隅の方でこの裁きの結審を見届けた後に連行されることとなる。
おそらく彼と彼の商団が行った過去の様々な犯罪までもが全て明らかにされることだろう。
そして彼らはもう日の目を見ることはかなわないであろう。
「さて、と。これでディラリア嬢の嫌疑は全て晴らされたわけですのね。本当に良かったこと。」
王女のにこやかな笑顔がボルギィッタム公爵に向けられた。
「あのような男を用いようとしたことは私に不徳の致すところでございます。
皇帝陛下、皇太子殿下、王女殿下、どうかお許しください。」
と神妙な面持ちで深い礼を取った公爵は、すぐに頭を上げるとこう切り出してきた。
「しかし、ディラリア嬢はやはりご令嬢ですので、このような重大な職務を担うには力量不足ではないかと憂慮する次第でございます。
それにモルギの計略だったとはいえ、ご令嬢は全てを捨てて突然帝国から姿を消された。
まるで逃げるように、と認識しておりますが?病身の御父上をも捨て去ってとね。
そんな方にこの重圧は耐えられないでしょう。
もしまたご令嬢が逃避されることがあれが、これは国と国との争いの火種にもなりかねないかと。」
ボルギィッタム公爵はなんとしてでも自分が真珠の利権を手に入れるためにディラリアを引きずり落とさねばならなかった故に、必死で彼女のあらを探し続け話し続ける。
「あら、公爵さま。勘違いをなさっていますわ。
ディラリア嬢はわたくしのために帝国を離れていたのですの。」
「は?とおっしゃいますと?」
「まずは、ですが、ベルドゴン男爵様は解毒のおかげで健康を取りもどされていますわ。
そして領地で栽培されている薬草の効果によって幾つかの病の治療が可能なことが判明したことで、ベルドゴンの領地は金銭的にもとても潤っておりますのよ。
もちろん男爵様はご自分の借金を綺麗に片付けておられますわ。ここまではよろしくて?」
「はああ。王女さま。」
「それで、そうそう。そもそも薬草の効果を調べ上げたのはディラリア嬢ですの。
そう、もともと彼女は亡くなられたお母上から伝授された知識をもって普段の生活の中で領民達に薬草を煎じていたのですがね。それが実はとてつもないほどの知識と実績だったのです。
そして彼女のその功績は大陸アカデミーでも認められたくらいですのよ。」
「な?大陸アカデミーで、でございますか?」
「はい。彼女はその道の権威として教壇に迎えたいというアカデミーの招聘を断って。」
「はあ、断って?」
「ええ。わたくしの願いを聞き入れてくださったのですの。我が母の命を救う為に、トルティット王国へと海を渡ってくださって。」
もう公爵から発せられる言葉は無かった。
会場の誰もが王女の話を聞き漏らすまいと懸命に耳を澄まして聞いている。
ゆっくりと吸い込んだ息をまたゆっくりと吐いた後、にこやかな表情を保ったまま王女は話続ける。
「ディラリア嬢は王国王妃の命の恩人ですわ。
そしてそのまま彼女はたくさんの薬草の知識を王国に授けてくれて。
王国は彼女を手放したくはなかったはずですのに。
私のために戻って来てくれたのですわ。私の執務官になるためだけに。
私は私の、そして王国を代表してディラリア嬢に恩返しをしたいのですわ。」
ここまで話し終わった王女は皇太子を見つめ、次に皇帝陛下に深い礼を取って跪くとこう言った。
「陛下。なにとぞディラリア・ベルドゴン嬢が男爵家の爵位を継ぐことをお約束いただきたいのです。
彼女ほど男爵家の後継にふさわしい方はおりません。
私は、次期ベルドゴン男爵にトルティット王国王女であり皇太子妃となる私の執務官として”真珠”を管理する一切の権限を与えたいのです。
どうかこの願いをお聞き届けくださいませ。」
「お待ちください。王女さま。いくら令嬢が優秀な方であろうとも、帝国の文官だけでなくトルティット王国の文官たちとも渡り合う覚悟が必要なのですぞ。
少しの間だけあちらで暮らしていたとしても、うら若き令嬢が経験豊富な官吏たちと交渉するのはやはり骨のおれることでしょう。ここは、私のような経験のある…」
「そうですか。確かに公爵がご憂慮されるのもわかる気が致しますわ。
では本人たちに聞いてみるとよいのですわね。」
王女はディラリアの手をとって王国使臣たちと向き合わせた。
「”真珠”に関わりの深い者達を送ったと、聞いております。
あなたがたは、ディラリア嬢の指示を受けることに関してどう考えまして?」
使臣達のリーダーらしき者が一歩進み出て礼を取る。
「王女さま、皆を代表して申し上げても?」
王女はコクンと頷いた。
「ディラリアさま。
王国の者として国母であられる王妃殿下の命を救ってくださったことに心からの感謝を申し上げます。
そして、」
とここまで言って彼はディラリアに手をさし伸ばした。
彼女がそこに手を置いた時、彼は宝石が揺れる彼女の手にそのブレスレットに自分の頭を触れさせ、更に頭を下げて跪く。
「聖なるテンプルムの長であるカエルレウス・ルラキス・トルティット様の祝福を受けた貴女様にわれらの忠誠をお捧げいたします。」
他の使臣たちもまたそれに倣い、跪いて頭を垂れた。
そしてこの瞬間、王女の執務官であるディラリア・ベルドゴンは”真珠”の管理者であり帝国と王国の架け橋そのものとなったのである。
「さあ、みなさま。長い時間をお付き合いくださいまして感謝申し上げますわ。
本日の良き日にみなさまと”真実”をご一緒できましたこと、このルリエティア・アウルム・トルティット、決して忘れることはございません。」
やんわりとした口調で言葉を紡ぎ、優雅な微笑みをもって会場を見渡した王女は最後に丁重なカーテーシーを捧げた。
会場からはどこからともなく拍手が沸き起こり、いつの間にか王女の側に並び立った皇太子が王女の手を取り、彼女を見つめながらゆっくりと持ち上げた彼女のその手に口づけを落とす。そして皇太子イマグヌスは王女の耳元で囁いた。
「まったく、相変わらず、やってくれるね。ルリ。実に君らしいよ。僕のルリ。」




