第25話 一輪満ちて…一凛の。(肆連)
またしても場内が騒めく中で、モルギ・パンタルアの激高した顔が真っ赤に染まると、その場にモルギの罵声が飛んだ。
「この、なぜおまえなどが、ここに?身の程をわきまえろ。
王女様、この者は王女さまがお目にとめられる価値など皆無の卑しい女でございますぞ。
騙されてはなりません。かくいう私もこの女の計略にはまり、恐ろしい目にあわされたのですぞ。」
モルギ・パンタルアがディラリアを貶める言葉を吐き続ける間に、その場に集っている貴族たちの間に数年前の醜聞ともいえる事件の記憶が蘇る。
ひそひそと誰もがディラリアへ侮蔑の籠った冷たい視線を投げつけ始めていた。
会場のその空気をひしと感じたモルギはにやりとほくそ笑むと、徹底的に彼女を潰そうと更に追い打ちをかけるのであった。
「ああ、そうです、この女は病気の父親を放り出し、領地の民を顧みることもなく、放蕩三昧の挙句に男爵家の財産を食いつぶした悪女でございます。
ここにいる皆さんの中にはこの女が社交界でどれ程奔放に振舞っていたのか記憶に新しい方もいらっしゃることでしょう。
そして金策尽きたこの女は私の息子の縁戚が男爵家の傍系であるつてを辿り、私に借金を申し入れたのです。
ああ、哀れに思った私と心優しい私の次男はこの女にどれほどの金を渡したことか。
そしてこの女は次男を誘惑して婚姻を迫ったのでございます。
そう、自分と婚姻を結べば男爵家の後継の座を与えるとまでいって。」
モルギは醜聞の羅列を捲し立てることで、ディラリアに釈明の機会を奪おうとしているのは明白だった。
が、ディラリアは口を開かず、モルギが言い尽くすまでじいっと耐えている。
モルギの言葉が途切れたところで、王女が口を開いた。
「まああ、そんなことが?彼女があなたから借り入れを?」
「はい、王女さま。借用書もございますゆえ、この女も言い逃れはできますまい。」
「そうですか。お聞きしたいのですが、帝国では双方のサインのない借用書が法的に有効ですの?」
「は?それはいったい。」
「といいますか、サインの偽造は罪に当たりませんの?
帝国は法に乗っ取った素晴らしいお国と思っておりますが。」
「王女様、いったい何を?」
「モルギよ。そなたの申しているこの令嬢の借用書とは、これのことか?
私の手元には確かにディラリア・ベルドゴンがパンタルア商団からたいそうな金額を借り入れたという借用書があるが。」
「へ?なぜ借用書が陛下の手元に?」
「そうだな。だがその前にそなたに答えてほしいものだな。
この借用書のサインはディラリア嬢の筆跡に似せて書いてあるが・・・どうも偽物というか偽造されたものらしい。ということは借り入れなど無いという結論に達するが?」
「めっそうもないことでございます。
おそらくこの女が王女さまをたぶらかして怪しげな筆跡鑑定を手に入れたのでしょう。」
「そうか。ではそなたは確かに令嬢にこれほど多額の金銭を貸したというのだな。
そして彼女が間違いなく借用書にサインしたと?」
「はい。陛下。このモルギ・パンタルア、この命に代えましても嘘偽りは申しておりません。どうか。」
ふううっと皇帝は大きなため息をつくと、書類を皇太子に渡す。
「皇太子よ。そなたの妻になる王女の問題だ。そなたに任せるぞ。」
「陛下。全てをお任せいただけるのでしょうか。」
「ああ。そなたにこの一件の全ての権限を授けよう。」
「はっ。ありがたくお受けいたします。」
皇太子はにこやかな笑顔で玉座の御前に居並ぶ者達を見まわした。
「さて、モルギ・パンタルアの言い分は了解した。だが一方的な話はよくない。
ディラリア・ベルドゴン、そなたの言い分も申してみよ。」
「皇太子殿下。発言をお許しいただき感謝申し上げます。
確かに数年前、我が領地を流行り病が襲った時、男爵である父が金策に走っていたことは事実でございます。
そして、その債権をこちらのモルギ殿が全て回収したということを私は聞かされ、救済と支援を条件にある提案があったこともまぎれもない事実でございます。」
「提案とは?」
「それは、最終的にはベルドゴン男爵家傍系のコーリャ家子息ミレル氏との婚姻です。」
「婚姻?最終的にはというと?」
「その婚姻は初めから提案されたものではありませんでした。
父の病を隠したまま私はモルギ殿の指示に従うしかなかった。
彼の選んだパートナーであるミレル氏とデビュタントに参加し、その後も途切れることなく彼の送りつけるパートナー達と共に社交界に姿を晒すことを強要されました。
当然ながらあっという間に社交界における私の評判は地に落ち、私は孤立させられていきました。
そしてそれを待っていたかのように彼は私とコーリャ家子息ミレル氏との婚姻を提案したのです。
それも最初の話とは違って、ミレル氏がベルドゴン男爵家に婿入りするという形で。
それだけではなく、モルギ殿は私に言いました。
ミレル氏が男爵となった暁には私に男爵夫人として彼らの指示に従って指定されたパートナーと関係を持てと。」




