第24話 一輪満ちて…一凛の。(参連)
帝国では珍しい銀色の髪はゆるりと結い上げられ、そこに載せられたティアラはダイアモンドと真珠で作られている。
海の青を纏ったかのような優雅なドレープ仕立てのドレスには一面に小さな真珠と青い宝石が煌めくように縫いつけられ、王女のデコルテには艶のある美しい真珠とダイヤモンドのチョーカーが飾られていた。
神秘的な、まるで女神のような女性がまるで夢のような在り方で人々の前を通り過ぎていく。会場中の人々がこの麗しの王女に魅了されていた。
ガタンと立ち上がる音がしたかと思うと、皇太子が玉座の段を降りて王女の方に急ぎ早に向かっていく。
皇太子イマグヌスは波のように人が退き開かれたその道の半ばで、王女と面と向かい合った。
そして彼はその場に跪いて彼女に礼を取った。
「ルリエティア姫。どうか私に貴女をエスコートする名誉をお与えいただけないでしょうか。」
皇太子のその言葉にルリエティア王女は微笑みで応えながらそっと自分の手を差し出した。
皇太子は彼女のその手を取ると、ゆっくりと口づけを落とす。
そして立ちあがった彼は玉座の御前まで彼女に付き添い、共に皇帝陛下の前に立った。
「帝国の偉大なる太陽であられる皇帝陛下にご挨拶申し上げます。」
王女は皇帝にカーテシーを捧げると、皇帝は満足げに彼女に応えた。
「楽にするがよい。なかなか機会のないそなたに今日ここで会えるとは。今日は良き日であるな。」
「病身の身であったため、御前に侍ることもできず誠に…」
そう言いかけた王女の言葉を遮って皇帝が柔和な笑顔で言葉をかけた。
「よいよい。こうしてそなたに会えたのが何よりだ。さて、今日はそなたのお国から使臣がお見えだ。そして王国からそなたへの贈り物もな。」
皇帝の言葉に使臣が王女に礼を取り彼女はそれに軽く会釈で応えた。
「ところで、王女よ。
そなたの御父上からの贈り物を誰が管理するかという問題を話していたところなのだ。
所有主となるそなたの意見を忌憚なく聞かせて欲しいのだが。」
「はい。陛下。実は私には専属の執務官がおります。
ですのでそのものに全てを一任しようかと思っております。」
「なんと。まあ。そうか。」
話の流れが思わぬところに行こうとするのを、ボルギィッタム公爵が慌てて話を遮ろうとする。
「恐れながら王女様。王国との貿易には専門の知識が必要不可欠かと存じます。
そういう意味でも我が公爵家が信頼を預けている商団にお手伝いをさせていただけましたらと。」
公爵の言葉に水を得た魚のように側に控えていた男が言葉を挟んできた。
「王女さま。ボルギィッタム公爵様の仰せも通りでございます。
不肖の身なれど、このモルギ・パンタルア、命を懸けて王女様にお仕えする所存でございますれば。」
ボルギィッタム公爵とモルギ・パンタルアはとにかく王女を口説こうと必死だった。
そして王女はにっこりを笑いながら皇帝陛下に向かって言葉を繋いだ。
「陛下。では私の執務官をこの場に呼んで、その者に決断を任せてもよろしいでしょうか。」
「よかろう、そなたの好きにするがいい。」
王女は振り向くと、緊張した面持ちで自分たちの一挙手一投足を見つめている人々の群れに向かって呼びかけた。
「さあ、どうぞここへ。」
王女の呼びかけに応えるようにヴェールを被った女性が玉座の御前に、王女の後ろに跪くと深い礼を取った。
「陛下の御前であるぞ。無礼な。被り物を取らぬか。」
王女の執務官として現れたのが女性であると見るや、ボルギィッタム公爵は牽制を与え始める。
「おそれながら、王女さま。このような女性に王国と帝国との大切な資源の管理は務まらないかと。」
公爵の言葉に追い風とならんと、モルギも畳みかけるかのように言葉を挟む。
「王女様。長年、大陸中であらゆる貿易に携わってきたこのモルギ・パンタルアにどうかお任せください。」
王女は微笑みを絶やさず男たちの話を聞いていたが、皇太子に向けて質問を投げかけた。
「殿下。この方の商団はそれほど素晴らしいのですか?」
「まあ、そうだな。パンタルア商団はここ数年で帝国でも五本の指に入る大きな商団となっているが。」
「五本の。それは素晴らしいことですわ。では他にはどのような商団なら私の仕事をお任せできるのでしょうね。」
「王女さま。確かに、他にも帝国には商団がございます。
しかし老舗のボワイエ商団は貿易よりも商品の製造に力をいれております。
そして同じくポルティとヌイエ商団は帝国内の流通には強いですが他国間の貿易には経験も知識も足りないはずです。」
モルギが王女に必死に食い下がる。
「まあ、それでは貿易ではパンタルアに勝る商団はいないということですのね。」
「はい。王女様。」
公爵もモルギもこの麗しの王女の無邪気な様子に、勝利を確信した。
「あら、でも待って。一つ、二つ・・・。」
王女が自分の手で数を数え始めた。
「まって。五本の指ですのよね。あら?一つ数が足りないわ。もう一つの商団は何ですの?」
「ああ、それは、」と言いかけた公爵を制してモルギが自分の得意分野だと言わんばかりに喋りだす。
「王女様。最後の商団につきましては、どうも怪しいとしか申し上げられないのです。
帝国では商団としての許可をいただくものは、一年間の売り上げに従って税金を収めるシステムがございます。
それによって毎年の商団ランキングが公表されているのですが。
この最後の商団につきましては、商団の名も、商団主の素性すら明かさず、まったくもって匿名性を帯びた怪しい組織なのです。」
「まああ。なんてことでしょうか。
では、そんな怪しい商団はきっと売り上げに準じた税金も納めてはいないのでしょうね。」
「いや。それは、その。」
「王女。この商団はここ数年の税金納入金が帝国一となっている。」
言い淀んだモルギに代わって皇太子が王女に答えを渡す。
「あら、ではこの数年で安定した売り上げを保っているということですのね。
それも帝国一の売り上げなんて素晴らしいですわ。」
「王女様。しかしながらいったい何の商売を行っているのだか、それすら不明の怪しい商団でございます故に。
そんな商団に王女さまの、それも国交のかかった事案の管理は任せられないかと。」
モルギがなおも食い下がる。
「では、もし、もしもですわ、夢のようなお話ですけれど、その謎の商団が素敵なものを売っていたら、それはその商団が私の真珠を扱うのに最もふさわしいということかしら?ねえ?
ボルギィッタム公爵さま、そうお思いになりますでしょう?」
「はあ。まあ、王女さまの仰る通りにございますな。
しかしながらモルギの申しました通り、この商団主は決して素性を明かしませんので調べようもございませんようで。
やはり王女さまにふさわしいのは貿易中心に今なお成長しているパンタルア商団かと存じますぞ。」
「そうですか。公爵様、モルギ様、私のために貴重なご意見をありがとうございます。」
「いえいえ、王女様のためでしたら、どんなことでもいたしましょう。
どうかご安心なさってこのモルギにお任せくださいませ。」
公爵もモルギも王女にしっぽを振るかのような媚を売り続けるのであった。
「マイレディ。心は決まったのですか?」
皇太子が王女に問うた。
「はい、殿下。ありがとうございます。」
王女は満面の笑みを浮かべると、それを皇太子に向けてから正面に向き直った。
「陛下、わたくしのためにお時間を割いていただきましたこと、心から感謝申し上げます。」
そして王女は自分の後ろに控えていた己の執務官から書類を受け取ると、それを皇太子に手渡した。
「殿下、どうかこれを殿下と陛下に。お願い致します。」
皇太子は王女から書類を受け取ると彼女の側を離れて皇帝の側に進んで書類を渡し、自分は皇帝の側に立った。
「わたくしの心は彼女を選びます。」
そう言って王女は自分の執務官の手を取った。
「な?」
ボルギィッタム公爵もモルギ・パンタルアも届きかけたゴールの寸前で落とし穴に落ちてしまったかのような衝撃と驚愕を隠せないまま茫然と王女の動きを見つめるばかりだった。
「陛下。殿下。この場に集われている全ての皆さま。ご紹介いたします。
わたくしの心を預けるに足る我が執務官を。」
王女に促されてヴェールを取り払った彼女はすかさず美しいカーテシーを皇帝陛下に捧げると名を名乗った。
「帝国の至高の太陽であられる皇帝陛下、並びに皇太子殿下にご挨拶申し上げます。
御前での無礼なふるまいをお許しください。ディラリア・ベルドゴンと申します。」




