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第21話 遭遇に咲く邂逅の涙を拭わんと…(捌連)

コーリャ家当主の長女はモルギ・パンタルアの嫡男に嫁ぎ、ベルドゴン男爵家令嬢ディラリアはコーリャ家の子息ミレルとデビュタントで社交界デビューを果たした。

そして数々の男性達を浮名を流しているという現状を作らされたディラリア嬢の淑女としての評判は地に落とされた。


もはこの男爵令嬢にまっとうな嫁ぎ先は見込めないであろうと彼女の将来を握り潰して追い詰めた後、モルギ・パンタルアはディラリアにコーリャ家の子息との婚姻を求めてきたのだ。

もちろん領地への金銭援助とベルドゴン男爵の病状を和らげるという高価な治療を受けさせるという条件を脅しに代えてディラリアを追い詰める。


そしてモルギの口からは更に、もっと悍ましいこと計画が語られたのだ。


「あの夜会でミレルが貴女さまにご紹介した男性を覚えていらっしゃいますかな?」


実に嫌らしい笑みを浮かべながらモルギは、ディラリアが思い出したくもないあの夜会の件を蒸し返してきた。


「あ、あの。あれは。」


今でもあの夜会でのことを思い出すと生理的な嫌悪感と恐怖で背筋がぞうっと、ひんやりとした汗が、吐き気がこみ上げて。


「あの御方は、貴女さまでもおいそれとはお会いすることのできない高貴な御方でしてな。

なんと光栄なことでしょうか。また貴女さまにお会いして思いを遂げたいとおしゃっているのですよ。」



知っているのだ、この男は。

モルギの言葉にディラリアは全てを悟った。


あの夜会の夜にミレルに促されるまま連れていかれた部屋で待ち構えていた男が彼女に酒を勧め、酔いが回った挙句に彼女に無体を働こうとしたことを。

その全てを知ったうえでモルギはディラリアにまたあの男を会うよう言っているのだ。


いや、そもそもが最初からなのだろうか?

ミレルもモルギも全てを了解した上でディラリアをあの男に売り渡したのだろうか。

いやきっとそうなのだ。



「ご令嬢。御父上の治療と、借金の肩代わり、そして領地への支援金。

すべてがどれほど大きな金額になるのかお分かりでしょうな。

貴女さまがミレルと婚姻したとしても、それだけではとてもとても…」


大袈裟なほど大きく首を横に振りながら肩をすくめるモルギはディラリアを追い詰めていく。


「私に何を。この身を売れと?」


ディラリアは屈辱と怒りに押し出されてモルギに声高に言葉を投げつけた。


「そんななんということをおっしゃいますか。貴女さまは男爵家ご令嬢でいらっしゃる。

そしてコーリャ家ミレルの妻となられるのですから。

このモルギとも縁戚になられる御方だ。ご安心ください。

男爵家に婿入りするミレルは貴女さまの夫として未来の男爵夫人となる貴女を支えることでしょう。

もちろん縁戚である私も金銭面だけでなくあらゆる面から男爵家をお支え致しますぞ。

そしてミレルが理解ある夫でありますので、男爵夫人が社交界でどれ程浮名を流そうと気には致しません。貴女さまは安心して恋多き男爵夫人を楽しめがよいのですよ。」



「な、なんてことを。私は貞淑を誓う婚姻しか望みません。そのような…」


ディラリアの言葉をモルギの高笑いが遮った。


「ハッハッハーー。いやいや本当になんと可愛らしい御方なのか。

ご令嬢、ご安心なさるがいい。

社交界での貴女の評判はもうこれ以上はない処まで堕ちておりますのでな。

ミレルが貴女にふさわしいお相手をお連れすることでしょう。」



「私に?違うわ。あなたたちに都合のいい相手をということでしょう?

私は絶対にそんなことはいたしません。そんなまるで…。」


「娼婦、とでも?いやいや違いますぞ。

男爵夫人の恋という美しき物語をご用意してさしあげるのですよ。

ご令嬢、どうかよく考えなさい。これは一種の取引なのですよ。

あなたはミレルという頼もしい夫を得る代わりに男爵夫人となって家門を領地を守ることができるのです。

そう、多くの恋人たちというおまけまで得ることができるのですから、あなたに損な話ではないはずだ。

どうかお忘れなく。

御父上の借り入れ金は全てこのモルギ・パンタルアが我が商団の名において回収済みです。

担保はベルドゴンの領地そのもの故に。

パンタルア商団はすぐにでも領地を他国の高位貴族に売り渡す用意があるのですよ。

さあ、どうしますか?」



「‥‥。」


ディラリアはもう自分の中から何も、思考も言葉も一切何も浮き出てこないまま俯くだけだった。


「今日は帰るとしましょうか。またすぐにお伺いさせていただきましょう。

次はミレルと参りますので、色よい返事をいただけるのを楽しみにしておりますぞ。

ああ、婚約はもう飛ばして一刻も早く婚姻でしょうな。

なにせあの御方が貴女との逢瀬を待ちに待っておられるのでね。

ああ、男爵夫人の最初の恋人としては上々のお相手でしょうな。ハハハッ。

ではご令嬢、またすぐお会いしましょう。」


慇懃無礼なほどのお辞儀をするとモルギ・パンタルアは立ち去っていった。



ディラリアは茫然としたままその場から動けず。

もはや自分の命を絶とうという思いがぐるぐると蜷局を巻き始め…。








「ディラリア嬢。」


自分の名を呼ぶその声に悪夢のような記憶から引き戻されたディラリアは、自分を見つめる女性の瞳の奥に心からディラリアを案じているその思いを見出した。


そしてそれがディラリアの全身にじんわりとした温もりとなって広がってゆく、それは彼女の傷ついた心をも癒してくれるのをディラリアは己が心の全てで感じ取っていた。

そしてそれはディラリアに勇気を与え言葉を紡ぎだした。


「貴女さまのお心に従います。どうか…。私を、ベルドゴンをお助け下さい。」


「ディラリア嬢。私を信じて下さる貴女のお心を決して裏切らないことを誓うわ。これから何が起ころうとも私を信じてくださる?」


「はい。」


「ありがとう。」


「あの、一つだけお願いしてもよろしいでしょうか。」

とディラリアは最後に彼女を見つめながら小さく首をかしげて囁くように言葉を零した。


「どうか、貴女様のお名前を教えていただけませんでしょうか。」


「ああ、そうね。名乗るのが遅くなってしまってごめんなさい。今は全てを明かすことは出来ないこの身を許して欲しいのだけれど。」


そう言って彼女はディラリアに自分の名を告げたのだった。


「私の名はルリエティア。どうかルリと呼んでちょうだい。」



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