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第19話 遭遇に咲く邂逅の涙を拭わんと…(陸連)

少し緑がかった栗毛の髪を首の後ろで結んだ彼の深い藍色の瞳には、たった今彼が口で説明した内容をまとめた調書に目を通している一人の女性の姿が浮かんでいる。

彼は彼女の存在が、というか自分の目の前の女性の在り方が不思議でならない。


彼女は自分の素性を明かすことはなく、彼にとっては大金を落としてくれる仕事上の主でしかない。

そんな希薄な関係ではあるものの、彼が扱うものが情報、それもおそらくはこのマリディクトベリシュ帝国でも随一と自負するほどの組織を担っている故に、そこには信頼はなくとも信用という基盤でなされた関係だと自負している。


そしてそれ故に、彼レイブンは彼女の素性を想定してはいても、互いにそれを口にすることはない。

おそらく彼女がレイブンの主である限りは彼は彼女が誰であるのかに知らぬふりを続けるだろう。

そしてそしてこの契約が破棄されたとしてもレイブンはきっと彼女を守護する自分が想像できた。



不思議なものだ、とレイブンは胸の芯が痺れるかのような錯覚を覚えながら、彼女に気付かれないようにそっと彼女を見つめ続けていた。


帝国の暗澹たる場所で育った底辺の人間と認知される自分がこんな高貴な女性レディと言葉を交わし、信用を持って仕事を請け負っているとは。


レイブンは彼女がなぜいつもこんな場所へ赴くのか、彼女が何を考え何に向かっていこうとしているのか、それが全く読めないでいた。


おそらくはこの帝国で最も高貴な存在であるだろう彼女。

黎明宮の主でありトルティット王国の姫君である女性、つまりは帝国皇太子イマグヌス・プリムポルタス・マリディクトベリシュの許嫁である女性、それがレイブンの目の前に居る彼女だ。





首都には情報を売ることを生業にしている小さな個人からギルドのような大きな組織まで多々存在している。

そんな中で彼女はレイブンを選んだ。なぜ彼女は自分を選んだのかは分からない。

けれど、ある日突然彼の元を訪れた彼女は彼にこう言ったのだ。


「あなたと契約したいの。私にはこの国のあらゆる全ての情報が欲しい。

そして私を決して裏切らない人間と仕事がしたいの。あなた、私と手を組まない?」と。


おそらくは高貴な生まれであろうと推測される女性、というかまだ幼い少女のような女性がレイブンの目を見据えて放った言葉に彼は圧倒されて言葉を失う。

だがなんとか彼は切り返した。


「は?お嬢様の遊びに付き合うほど暇じゃないんですがね。契約っていったい何のですか?」

あえて大袈裟にふざけた口調で彼女に問いかけた。


「あなたが私のために仕事をしてくれるなら、私はあなたに帝国一のものを与えてあげるわ。」


「帝国一って、いったい?」


「私はあなたに投資したいの。

あなたが私の手を取れば数年以内にあなたは帝国でも指折りの商団の主となるわ。

そしてその表向きの顔を隠してあなたには帝国一の情報ギルドを作ってほしいの。

私のためだけに動く私のためだけの情報ギルドをね。」


にっこりと満面の笑みをレイブンに向けて自信満々でそう言い切る彼女の言葉には不思議な魅力が溢れていた。


「そんな夢みたいなこと…」

と言いかけたレイブンはふと自分が自身にかけようとしている制御の手をはたと…。


そんな彼に鈴の音のような彼女の声が覆いかぶさってくる。


「夢?ふふふ。そうね、でも貴方も私もこれはたった一度きりの人生ですもの。

夢を見てもいいのではなくて?

それで、いったい何を失うっていうの?」


少しだけ彼に挑むかのような挑発的なそれでいて何にもブレない凛とした彼女の声が言葉が彼に染み入ってくる。



ああ、とレイブンは自分へのブレーキをかけようとしたその手を自分の意思で手放したのだ。

そうか、そうだな。俺だって一度くらい夢を見て生きてもいいのではないか?

それも目の前の夢のように美しい、きっと俺の人生に二度と現れることなどないだろうこの宝石のような女性と共に見る夢ならば、例え命を落とそうともそれもまた俺の望んだ生きざまってことだろう。


「いいよ。お嬢さん。あんたの為に働くよ。なにか条件が必要か?」


「そうね。一つは絶対に私のことを詮索しないで。

これはこの契約の絶対的基盤といってもいいわ。

もしそれを情報としたら、私は…貴方を…殺すわ。」


激しいことを微笑みながら言うんだな、とレイブンは思わず笑いだした。


「ハハハッ。了解。約束するよ。他には?マイレディ?」


「うーん。そうね。私の情報より優先してほしいものがあるわ。」


「なんだい?」


「なにより誰も死んではいけない。

常に優先されるのは絶対に誰もの命だという組織を貴方が作り上げてちょうだい。」


彼女の言葉にレイブンはもうすでに自分の選択が間違っていないのだと本能的に悟る。

そして俺は人生で最も得難いものを得たのではないかと。


「かしこまりました。マイレディ。我があるじよ。」

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