第16話 遭遇に咲く邂逅の涙を拭わんと…(参連)
「ルレリ。お願いがあるの。」
「はい。姫さま。なんでございますか。」
彼女は三通の手紙を自分が最も信頼できる侍女であるルレリ渡す。
「これを確実に届けて欲しいの。どれもあなたの信頼できる者を使って必ず手紙が本人達に届くように手配してちょうだい。」
「かしこまりました。」
彼女が侍女ルレリに託した三通の手紙は迅速に運ばれる。一通はある家門へと、もう一通はこの国から離れたあの場所へと、そして最後の一通は海を越えていく。
「あら、あの方・・・。」
「まあ。なんてこと。」
「よくもまあ。」
男爵、令嬢ディラリアは今日も俯いたまま、この社交の時間が過ぎるのをただひたすら祈っていた。
デビュタントの舞踏会の後、ディラリアが父親を差し置いて家族でもない男性をパートナーとして伴っていたのだという噂が、まことしやかに社交界に流れ始める。
ディラリア自身はデビュタントモルギとの約束を果たしさえすれば、後はそれ以降の社交活動を控えたいという気持ちでいたのだが。
けれど、モルギ・パンタルアは彼女にそれを許さなかった。
そう、今となっては彼女はただ沈黙を貫いたまま、ただただモルギの指示通りに動くしかない。
そんな流れの中を漂うように過ごすしか選択の余地がないまま、いつの間にかモルギから送り込まれるのは最初のパートナーだけではなくなっていた。
彼女の元には傍系の家門の者だという子息達が幾人も現れては、モルギの指示で次から次へと彼女と共に社交活動に参加する流れとなっていったのだった。
ディラリアの心の中にはいったいつまでこんなことを?と叫びだしたくなるほどの羞恥と苛立ちが蜷局を巻いて彼女自身を苦渋の鎖で締め付けているかのようだった。
だが、モルギからの支援を乞い願う彼女の理性は彼女には何も一切拒むことができないという現実を突きつけ、彼女自身の意思が現状への理不尽さを胸の奥にぐっと封じ込めていく。
そうして気づいた時には、彼女は孤独の只中に、そのシーズンの社交界の最も低俗な醜聞の主と成り果ててしまっていたのだった。
そしてついには、令嬢の唯一の家族である父親は娘である令嬢のあまりの奔放さに羞恥の念から体調を崩し屋敷に籠ってしまったという、誰が流したのかとおもうほど最もらしいシナリオと共に、このたった1シーズンの社交界にてベルドゴン男爵家令嬢ディラリアの淑女としての評判もその価値さえもがあっという間に地に落ち泥まみれとなってしまったのである。
そんな中、モルギ・パンタルアが再び男爵家を訪れた。
そしてモルギは満面の笑みを浮かべながら彼女に新しい提案を持ちかけたのである。
どうしよう。ああ、どうしたらいいの?
ディラリアは自分が追い詰められているのをはっきりと理解していた。
そして今ならはっきりとモルギ・パンタルアの策略に自分がどっぷりとつかってもう身動きが取れないという現実に絶望する。
誰か、誰かに相談できれば。だが、唯一の頼りである父の病状は一向に快方には向かわないまま。家門の親類縁者は誰も彼女を顧みることはなく、この首都で彼女は孤立した小さな子供のようにひたすら孤独なだけだった。
どうしよう。どうしよう。私が愚かだったばっかりに。
このままではこの家は・・・。ああ、いっそのこと私さえ存在しなければ、彼らの計画も頓挫するだろうに。
そうだわ。私さえ・・・。
コンコン
彼女の中で煮詰まりつつあった考えが究極に彼女を追い詰めようとしていたその時、扉を叩く音が彼女を遮った。
「お嬢様。お手紙が届いております。」
執事から受け取った一通の手紙を読み始めたディラリアの手が小刻みに震える。そして手紙を読み終わった彼女はそれをぎゅっと自分の胸に抱きしめた。
そうして数日後、迎えの馬車に乗り込んだディラリアは暗幕の引かれたその馬車で運ばれていく。
やがて止まった馬車から降りた彼女は気付けばその館の扉の前に立っっていた。
その館の玄関の扉をノックしようと右手を上げたディラリアは大きく息を吸い込んでゴクリっと唾を呑み込んでからふううっと息を吐きだした。
この扉の先に何があるのか。それがどこにどう繋がるのか彼女には全く予想のつかないことで。
そこに誰が待っているのか、自分が何に足を踏み入れようとしているのか全くもって謎でしかない。
手紙を受け取ってから彼女の中でぐるぐると回り続ける疑問はどんどん絡み合って解けることはない。
ディラリアはもう一方の手に持っていた手紙が自分自身の緊迫から生じた力によってグシャグシャに握られたことに気付きじいっと手紙を見つめる。
彼女は自分を叱咤する。
そう、そうよ。踏み出すのよ。
今のままこの悍ましい現状よりも最悪などきっとないはずだから。
一歩でいい。この一歩を、さあ。
ディラリはぐっと顎を上げると扉の向こうを見据えるかのように正面を見つめて勢いよく扉を叩いた。
自分の手が打ったノック音の響きが彼女の芯を震わすかのような、そんな瞬間を味わったディラリアの脳裏に手紙の文言が温もりとなって囁きかけてくるかのような錯覚が彼女を包み込んだ時、ディラリアは自分がもう何も恐れていないことを知った。
ぎいっとゆっくりと扉が開くのが見えた時、彼女の唇からは安堵のため息が漏れた。
「ようこそ。ディラリア様。お待ち申し上げておりました。」




