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第14話  遭遇に咲く邂逅の涙を拭わんと…(壱連)

あの方にお聞きしていた通りだった。


頭の中の地図に従って、無駄の無い動きでその部屋の前に辿り着いた。

念の為に扉を叩き、誰も居ないことを確かめながら、中に入ると、そこには約束通りに幾つかの衣装が置かれていた。

デビュタントの儀に参加したことで、今夜の招待への義理は果たせたはずだと自分にも言い聞かせるような思いのまま、目の前に並べられたものたちの中から迷わずそれを手に取る。

袖を通しながら生地が肌になじむかのような着慣れ感に心がほううっと吐息を漏らす。ふと脳裏に、どうしてこれがここに?という疑問が浮かびあがったけれど、そのことを考えるより前に耳をつんざくかのような音がずんと響き渡った。

躊躇することなく反射的に声のする方へと駆けだした。正確に言うならば、その悲鳴の元へと。



飛び出した部屋はその階の一番奥の、おいそれとは誰も使うことができない区域とされていた為、照明はあれど廊下に人の気配は無かった。

そこから手前のほうに進むと、部屋の扉が少しだけ開きそこから明かりが洩れているのが見えた。

躊躇うことなく真っすぐにその部屋へと突き進む。



ああ・・・嫌な、とても嫌な光景が視界に飛び込んで来た。

組み敷かれている女性と、暴力そのものでもって相手をねじ伏せている男の姿。

ああ、反吐が出るな、とうんざりする思いと共に腹の奥からこみ上げる怒りの感情をふううっと大きなため息で宥めると、さっと手を振り上げた。



ドンドンと力強く叩いたドアのノック音がその場に響いた。

その音に気付いたかのように、室内の男の肩がビクリッと上がる。

そして男は悪戯を見とがめられた少年のようにそうっと自分の後方の扉の方にそうっと振り向いた。その瞬間、女性を組み敷いている男の手が緩み、その女性はなんとかして男の手から逃れようと乱れた着衣のまま身体ごと反抗する。

男は扉の側に立っているのが服装からも年齢からも自分より下の者だと判断すると、にやりっと口の端を上げながら、自分の下から逃れようとした女性をバンっと更に強く押さえつけた。


「逃げられるわけがないだろう?」


そして女性を押さえつけたまま、扉に向かって顎を斜めに上げながら傲慢な口調で言い放った。


「見知らぬ顔だな。社交界の経験の少ない者には少し刺激が強かったか?これはちょっとした大人の遊びなんだ。貴族の男女ではよくあること故にな。

いいか?お前は何も見ていない。ここには来なかった、ということだ。さあ、分かったなら、その扉を閉めてさっさと立ち去るがいい。」


男の背にパタンと扉が閉まる音が届く。

それに安堵した男が押さえつけた女性の頬をもう一方の手でグイッと握り潰さんばかりに掴み、女性に圧し掛かろうとした瞬間、彼女はもう抵抗する力も無くしぎゅっと目を瞑った。



「うっ。」


ガン、ゴン、という大きな音に入り混じった呻き声と共に女性は自分の身体が自由になったのを感じ、恐る恐る目を開く。


「え?」


驚きと衝撃が入り混じって自分の目の前の光景が判断できないまま、女性はその場がまるで夢のような錯覚さえ感じていた。



壁に叩きつけられたかのように男は部屋の隅に横たわっていた。

気絶しているのだろうか?そう推測しながら彼女の口からほうっと安堵のため息が零れる。

そして女性は男の側に立って鞘に入ったままの剣を男の顔から離したその人が剣をベルトに戻しながら彼女のほうに振り向くのをぼうっと見つめていた。



(なんて、なんて…)

自分はずっと夢の中にいるのだろうか。

その人は自分のほうに近づいてくるのを女性は半ば放心したかのように見つめ続けた。


「大丈夫、ですか?」


その声色からは女性を心配してるのが伝わってくる。



「は、はい。あの、ほんとうに、あの。」

(ああ、なんて綺麗な瞳なんだろう)

女性は自分のすぐ側で体を屈めて顔を覗き込んできたその人の瞳に自分が吸い込まれてしまうかのような心地で上手く言葉を繋げないまま、コクンコクンと小さく首を縦にふるしかできなかった。


「これを。」


そう言ってその人は自分の着ていた上着を脱いで女性の肩にかける。


「どなたか、こちらにお呼びしたほうがよろしいですか?」


付き添いの侍女か、家族を呼ぶかと聞いてくれているのだとその人の配慮が胸に染みる。

けれど、自分には、とどう答えるべきか躊躇するその間を読んだかのようにその人はふんわりと微笑んでこう言った。


「ああ。ちょうど私もこの場からお暇させていただこうと思っていたのです。よろしければ私にご令嬢をお送りさせていただけませんか?」


「え?あのよ、よろしいのですか?」


「はい。ご迷惑でなければ、ぜひ。」


その人は女性に向けて優しい口調でさらににっこりと笑いながら言葉を繋いだ。


その物言いは柔和な空気感となって女性の心をふんわりと包むこむ。


「あ、ありがとうございます。お言葉に甘えさせてください。あの、私は」

と言いながら、その人が差し出してくれたその手にそうっと自分の手を置いた。


「あの、私は、ベルドゴン男爵の娘、ディラリアと申します。あの騎士様。本当にありがとうございます。」


男爵令嬢ディラリアが勇気を出して“騎士さま”と呼んだその人は少しだけ戸惑った様子だったが、クスリッと小さく笑うとその笑顔のままでディラリアの手を取ってその場から連れ出した。





 


まるで一夜の夢のよう・・・だったと、ベルドゴン男爵令嬢ディラリアは自分を救ってくれた”騎士さま”との出会いを心に秘めたまま、またあの方にお会いできるだろうかと切ない胸を抱えて時を過ごすこととなったのだった。


そして、そして。恋焦がれるかのような想い続けたその〝騎士さま”に再び相見える機会が訪れた時、ディラリアは初恋を失って、己が人生を取り戻したのだった。



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