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第13話 その指数にて咲くは・・・つきづきしい故にか・・・(肆連)

「あれは誰?いったい、だれなの?」


イラザリリス・モラボルエ・ボルギィッタムは心の中で呪文のように問い続ける。

彼が、皇太子殿下が見つめ続けていたのは・・・。

彼のあの熱の籠った眼差しを一身に受けていた、あの令嬢ひとはいったいだれなの?





イラザリリスは舞踏会前のリハーサル講義においては常に先頭集団にいた為、列の後方に並ぶグループには全く興味が無かった。

それは父であるボルギィッタム公爵も同様で、今回のデビュタントに参加する令嬢のリストにザっと目を通した父は彼女と同じグループの令嬢の家門にボルギィッタム公爵家の財力に敵う者も権勢に盾突く者もないのだと豪語していたのではなかったか。

それに、とイラザリリス自身にも自負があったのは確かだった。

もし同じほど豪奢なドレスを身に纏った者が居たとしても、私の美貌に並び立つものはいないのだから何の問題もないのだと。そしてそれはリハーサル講義にて他の令嬢達に相対した時に確信に変わっていたはずだった。

先頭集団には彼女の父の元で財力を伸ばしている家門の令嬢達が配置されていたが、彼女達はイラザリリスの友人としてふさわしい艶やかさと彼女への敬意を持っていた。

誰もが彼女と公爵家を持て囃し、皇太子殿下の妃にはイラザリリス様しか考えられないと繰り返す。

そんな流れの中で迎えたこのデビュタントで、まさか列の最後尾にこんなしかけがあろうとは。



なぜ、だれもあの娘に気付かなかったのだろう?


皆がまるで“秘宝”を見出したかのように浮足だっている中で、イラザリリスは喉元に刺さった氷の破片が血流にのって身体の隅々まで冷たくなっていくかのような、それなのに心臓だけが痛いくらい熱くてたまらないという入り混じった感覚に自分が壊れてしまうような錯覚を覚えながら、必死にその場に立つ。彼女のプライドにかけて決してその笑顔は崩さずに。


だが、彼女のその視線は彼を追う。


彼女だけは全てを知っていた。


そう彼女だけは・・・イラザリリスだけは知っていたのだ。

彼を見つめ続けていた彼女の瞳には全てが映ってしまった故に。


デビュタントの挨拶の儀がやっと最後尾の列の順番を迎えようとしていたあの時、玉座の皇后の横に座っている皇太子をずうっと見つめながら彼とのダンスの時間を心待ちにしていたイラザリリスには、やっとこの退屈な時間が終わるのだという思いしかなかった。


だが、彼女がうっとりと見つめ続けていた彼の笑顔が、突然、彼の顔から消えたのを彼女は見てしまった。


そして彼の顔に浮かんだのは衝撃と驚嘆の入り混じったような切なげな・・・。

衝動に任せて立ち上がってしまった彼が自分の中の自制心で己を鎮めて、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。

だが、肘宛に置かれた彼の両の拳がぐううっと力が込められて、そこには彼が自分の感情を懸命に抑え込もうとしているのが見て取れた。



彼女は彼の視線の先を追う。


彼の瞳を釘付けにしている彼女の姿がイラザリリスの視界に映り込んできた。


そしてイラザリリスには分かってしまったのだ。


皇太子の瞳が、大広間の人々の視線を独り占めしている銀色の花を擦り抜けて、ただ一心にそこに、注がれていることを。





そしてもう一度皇太子を見遣ったイラザリリスはそこに彼を見出してしまった。

初めて見るかのような彼を。


今までお気に入りの人形のような笑顔を貼り付けた皇子さまが初めて本来の彼自身を曝け出したその瞬間を、彼女は見つけてしまったのだ。


そしてイラザリリスの瞳に焼きつけられてしまった彼の一瞬のあの表情は、彼女の記憶の底にも刻みつけられおそらくは決して消えることはないのだと、彼女は心の何処かでもう知っていたのかもしれない。


彼女は自分の瞳の際にじんわりと何か雫のような生温かいものを感じながら、ふわりと自分が足元から浮き上がっているかのような錯覚を覚えた。


これは、なに?

これは・・・。


彼女は全身を震わすかのような小さな痺れの様なそれをぐううと抑え込もうと、自分の唇をぎゅうっと噛み締めた。


レディの作法に反するけれど?と理性が問うけれど、今大切なのはそんなことではないのだわと、自分の全てが警鐘をならすこの事態を収める為に、ぐいっと顎を上げて彼女はゴクリッと唾を呑み込むように心の際から染み出そうな自分の心の雫を自分の中に抑え込んだ。



わたくしはイラザリリス・モラボルエ・ボルギィッタム。

この国で最も誇り高きボルギィッタム公爵家のレディなのだから。

涙など、決して流しはしない。

わたくしにふさわしいのは・・・誰よりも貴い彼以外にはいないのだから。

そう、わたくしは帝国の薔薇。

彼の花嫁になるのは・・・いいえ帝国の妃にふさわしいのは、わたくししかいないのだから。






月が淡い光で闇を切なげに照らしている、そんな夜が更けてゆくのを誰がとめることができたというのだろうか。

終わらない。全てが・・・。

闇も。煌めく光も。馨しいまでの芳香も。

舞踏会の音色は星にまで届きそうなほどの響きを奏でながら、人々は踊り続ける。


そうして、彼女はいったいどこにいってしまったのかと。

そう思ったのはいったい誰だったのだろうか・・・。

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