第8話 にじり寄る記憶
彼は今日、「ようちえん」に行くらしいの。それは、あの女の人と彼とのお話を、さりげに聞いていたから分かったこと。でも、彼が「ようちえん」の話をしなくなってからもう何回も春を見た。なんで今になってようちえんに行くのだろう。
私は嬉しいの。あの頃の、ようちえんに行っていたころの彼がもう一度見れるかもしれない。私と彼の春をもう一度感じれるかもしれない。そうすればもう私は彼がいなくなっても、何回でも春を待つ。そんなくらいに、彼の変化を楽しみにしているの。
あ、彼が玄関を開ける音がした。いつも力強く扉を開けると、ドアノブの音といろんな音が混ざり合って、特殊な高揚感を私に与えてくれる。あの音を聞くたびに、うれしくもなるし悲しくもなる。でも今日はうれしさがずっと多い。彼がようちえんで何を感じるのか。どんな変化を見せてくれるのか。私はとても楽しみ。
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車を駐車する音が聞こえる。そろそろ帰ってきてもおかしくないくらい時間がたったわ。
そんなことを考えていると、玄関が開いた音がした。
帰ってきた!彼が帰ってきたわ。
あ。昔のあの感覚を取り戻したのね!彼が廊下を歩くその足音から、彼自身の変化を感じる。いつもの彼の無機質な歩き方じゃない。いつかの頃を思い出させるような、ずっと軽くてテンポがそろっていない歩き方をしている。あゝ彼は戻ってきたのね。今すぐ私のもとへきて、そしてお話をしましょう。あなたの顔が見たいわ。