第7話 ともだち
かつて通っていた幼稚園の門が見えてきた。といっても、私は幼稚園の記憶がほとんどないのだ。大体幼い頃の思い出は、鮮烈なものしか残らず、大体は頭の片隅で小さく丸まっている人が多いだろう。私も例外ではなく、幼稚園の記憶がほとんどない。
ただ、先生の顔や校舎の形状はおぼえているらしく、懐かしいという感覚が私を襲う。
車を近くの公園の脇に停め、幼稚園の門へ進んでゆく。
事前に連絡していたおかげか、校門の前に先生が二・三人並んでいた。どれも見たことがある顔で、年少クラスから年長クラスまでのクラス担任なのだと、推測できた。
門を通り、校庭の端のほうにある簡単な椅子に腰を掛け、しっかり忘れなかった菓子折りを手渡した。そこから談笑がはじまり、五分ほど近況報告を兼ねて話した。その後母と先生が話し、ちょうど話のネタが切れてきた頃に、思い出話に移った。
「トオルくんはさ、昔、『僕の部屋に、ともだちがいるんだ。でも顔を見せてくれないから、夢の中でしか会えないんだ』って言っていたんだよ。覚えてる?確か年少さんの頃かな?」
先生の一人がそう言うと、私の中では、記憶の奥の隅の方に居た大事なものの感覚を思い出した気がした。
「そうだったんですか。なんとくなく覚えているような、いないような感じがします。」
こんな曖昧な返事をすると、
「そりゃそうよね。当たり前だけれど、小さい頃の記憶はふんわりしたものになっちゃうよね。でもトオルくんの幼い頃がまだ残っている印象を受けて、先生とてもうれしくなった。」
と先生は心底感動している気持ちを抑えて、微小な笑みを浮かべた顔でそう言った。
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その後の話は、30分くらいで終わって、そのまま帰った。
家に着くと、今まで何も気に留めずに通っていた玄関や、廊下がすごく綺麗に輝いているように思えた。いつの日か忘れてしまった、常に新しいものを見たかのような、ワクワクした感覚を一時的に取り戻せたような気がしてうれしかった。しかもそれが、外的な要因ではなく、内的な要因の微妙な変化をつぶさに感じ取ることのできる、より高度な感覚であることに気づいたため、余計につらくも幸せな気持ちになった。
先生にもらった、幼稚園のマークが入った消しゴムやらなにやらのプレゼントを、居間のテーブルに置いた後、すぐに部屋に戻った。それは、先生と話していた時の「ともだち」に会いたいと思ったからである。