第5話 ずっと彼のそばに
ある日彼は、思い立ったかのように映画も音楽も聞かなくなった。その代わりに、黒い板を振り回して、にやにやしていた。幸せの地の光の一片を見つけたかのような、そんな恍惚とした希望の顔をしていた。すると、彼の中にある黒い渦は、大きくうずめき始めて、まばゆい黒い光を放ち始めたの。それからは、月日が過ぎるのが早かった。彼が時の流れをぎゅっと縮めてしまったかのように、台風の一番強いところに身を置いたように、とても言い表せないようなはやさで時は流れていったんだ。
春が二回来た頃に、彼は部屋の整理をし始めたの。私は思った。彼は私のもとから去って行ってしまうと。私は知っていた。彼が私を置いて行ってしまうことを。さみしいけれど、これは仕方ないの。周りにいることしかできない私だから。そして、地縛霊のようにその地にとらわれるのも私なの。もう彼のもとに決めてしまった以上、彼が戻ってこない限り、引き留めることはできない。
だけど、最後にもういちど彼と話をしたい。あの黒い禍々しい渦に、その源泉にもう一度触れたいの。あゝ愛しのトオルくん。もう一度あなたと心通わせたい。ああもういちど。