第14話 再会⑤
「なあ、私と一緒に行かないか。君といるといい映画が作れそうなんだよ。」
空間は突然の提案に驚いた。しかし、既に自らの居場所は彼の元へと移っていたため、これを躊躇う必要はなかった。
「いいのかい。そうしてくれたら私も嬉しい。だけど、昔すごした期間は部屋に依存するから、君に依存している私は、部屋にその記憶を置いてくることになるよ。それでもいいのかい。」
と、空間が言った。彼は少し考えたあと、はっきりと言った。
「いいさ。君はメモリーでは無いから。」
空間は、今までひっそり見守っていたからこそ、自らの存在を根本から肯定してくれる行動に出くわしたのはものすごく久しぶりの事だった。
「では、私は君の中に依存するから、そのまま私を連れて行ってくれ。」
そういうと、心中をするかのような顔つきで、彼はうなずいた。
今日のうちは、再会を喜んで、一旦はトオルは目に見える世界、現実の世界へと戻っていった。
「じゃあ、また夢で会おうよ。それまで少し待っているよ。それに会いたくなったらいつでも会いに来てもらって構わないからね。」
空間がやさしく言うと、トオルは感謝も述べずに、そのまま空間はその存在を認めることができなくなった。およそ、現実のほうの人間としての体が限界を迎えつつあったのだろう。
彼は人間であり、私と同じ空間や概念ではないのだ。それが彼と私との差を決定づけるところであり、極めて重要な意味合いを持っている。そう空間は考えた。だからこそ、彼が何も言わずに去ってしまったのも、ある程度予測はつくし、それはこちらが許容しなければならないことなのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
トオルは、空間が一時の別れを言うと、風船の空気が勢いよく抜けるように、自分の意識がものすごい勢いで遠ざかっていった。・・・
トオルが気が付くと、そこはみしらぬ天井だった。それもそのはず、病院の天井であったからだ。勢いに任せて空間に会いに行ったせいで、バタンキューで意識を失い、その異変に気付いた母親が、病院へ送ったのだ。
体を起こして、自分の今いる状況を整理していると、見回りに来た看護師さんが部屋に入ってきた。
「ああ、トオルさん起きましたか。とりあえず横になっていてください。先生をお呼びしてきますね」
そういうと看護師さんは足早に出ていってしまった。
呆気に取られていると、すぐにお医者さんがドアをたたいた。
「失礼しますよ。おお、起きましたか。ご自分の名前言えますか?あ、ゆっくりでも構いませんから」
お医者さんは多分、記憶に異常がないか簡易的に見ているのだろうと思いつつ、
「トオルです。石井トオル」
「はい、大丈夫ですね。どこか痛いところとか、違和感とかありますか?」
「いえ、特にはありません。先生、私はどうしてここに居るのですか?」
「ああ、そうでしたね。なぜいるのかを言っていませんでしたね。」
先生は、少し口ごもった後に、頑張って迷いがないように見せかけているかのような顔で、答えた。
「トオルさんはね、昼食後すぐに、ご自分の部屋で倒れているところをお母さまが発見なさって、うちの病院に運ばれてきました。その時は、心拍や息も浅く、少し懸念される状態であったので、検査入院という体で、入院されました。」
先生は、私の理解度を推し量るように丁寧に説明してくれた。
「原因としては、お部屋の片づけ中に、どこかお体をぶつけたか、大きな咳をなさった際の、自律神経の過剰反応かと思われますが、トオルさんが倒れていた周辺に、昔の写真が落ちていたと聞きましたので、もしかすると、記憶の思い返しによる、精神的興奮の過剰が原因かとも思われます。」
先生は、原因についてもものすごく丁寧に説明してくれたが、いまいち納得いかなかった。私は空間に会いに行っただけなのに、倒れてしまったのか。寝てるだけならわかるが。
さすがに今週中に行うのは無理があるので、一人暮らしの引っ越しの予定はずらし、来週にした。先生は、もう容態としては帰ってもいいくらいだが、安静にするためにもう一日病院で過ごしていってほしいとのことだった。
もう一日いるため、仕事に行っている母に電話をして、起きたことやそのほかのことも連絡し、仕事が終わり次第会いに来てくれる約束をした。
母が来た頃はもう夕方で、すごく心配した様子で私のことを気遣ってくれた。その日は一時間ほどいた後に母だけ家に帰り、私だけ残った。
大分味の薄い夕ご飯を食べ、今日のうちは早くに寝た。
感想・レビューを是非是非よろしくお願いいたします。励みになります。