第13話 再会④
空間は、彼を待っていた。彼がもがいてさえ自分に近づいてきていると分かったからだ。全く差を感じえない、対峙したり比較したりすることの出来ないこの世界で、適応した上で私の存在を探していることが分かった。
しばらく待っていると、彼の姿が見えた。物理的な姿ではなく、心理的な姿でもなく、ただ概念である。概念と成った彼の姿を、空間はずっと見つめていた。ただそこにいる彼に感動して、身動きが取れなくなっているようだ。なぜその概念が彼とわかったのか?それは、著しい匂いを感じるからである。匂いのようなもので、直感で感じる特徴のようなものだ。それによって空間は彼を彼だと認めた。だから、本格的な再会に感動したのだ。
「やあ」
前の夢ではよく話せなかったけれど、今回は鮮明に声が聞こえる。
「あぁ。あああ。トオルくん?」
掠れるような声で空間は言った。すると
「そうだよ。トオルだよ。勝手に放置してしまってごめん。ずっと待っていたかい?」
「いいや。心配はしなくていいよ。ただ、君の姿がずっと見たかったよ。君が、目に見えるものを振り捨てて、私の元へもう一度来てくれたことに感謝するよ」
「そうか、君は変わったんだな。そして私も変わった。」
空間は今までになく饒舌になった。何故か。空間は、常に主のものとして存在し、そして良き仲間になるしかないからだ。だから、勝手に相手にレベルが合っていく。それこそ人とは違う特性なのだ。だから同化しなければならないのだ。
トオルと空間は思う存分に話した。そして、思う存分に話さなかった。その「間」を互いに感じて、そして互いの存在を認識しあった。それは、幾年ぶりの愛であり、憎しみでもあった。しかし彼らはそんなことを気に留めなかった。気に止める必要ないからだ。彼らにとっての会話とは、極めて表層的なことであり、それよりさらに深い面で激しい交信を繰り返していたからなのだ。これは幼い頃ではありえなかったことである、互いが変わった証拠でもある。
「君はもうすぐ私のもとを去ってしまうのかい?引越しをすると聞いたんだが。」
空間が聞くと、トオルは答えた。
「私は君の元を去らないよ。君は私のもとにいる。だから、君は私がどこにいても関係ないだろう?」
トオルはそう言うと、空間は、自身の建前が大きく崩れてゆくのを感じた。ああ、私はなんてつまらないものにずっと縛られていたんだろう。彼はずっと私を求めていたのに。彼に私の勝手な思い込みで寂しい思いをさせてしまった。そう思い、空間は言った。
「トオルくん。今一度謝ってもいいかい。私が犯した罪をようやく気が付けた気がする。」
「そんなことも関係ないだろう?私たちは、同化しているのだよ。そんなことを超えてね。だから、君の言う理論は破綻している。私は君で君は私なのだよ。」
空間は気づいた。トオルくんは自身のずっと先を見つめていることを。そして、自信を疎かにすることは、彼を傷つけてしまっていたことを。空間は極めて辛い気持ちに陥った。嬉しい気持ちも同時に出るはずが、今回は出なかった。混乱してしまったせいで、空間そのものが概念から押し出されてしまうような、深さの足りなさを顕にしたからだ。
空間は何も言えなかった言うことに注意するべきでないことはわかっていたが、無粋にも言葉を探してしまったのだ。