第9話 約束
私は、ものすごい勢いで階段を上り、二階にある自室へ駆け込んだ。そして‘‘ーー‘‘に会いに行った。ずっと忘れていた、親愛なる旧友に会いに行くのだ。
私の部屋に入ると、そこにはずっと忘れていた「感覚」を感じた。だけどはっきりと知覚することができない。そこにいるのに、なぜ見えない。なぜ姿を見せてくれないのだ!
私は焦燥感に駆られたが、その場で地団太を踏むしかできなかった。姿見えないものにどう近づけばいいのかわからなかったのだ。
また会いに来たぞ!と空虚のところに叫ぶが、誰も返事はしてくれない。確かにあの時、毎日語り合って、話し合って、心通わせた何かがいたはずなのに、そこにはどんな姿かたちを見ることができない、空しい空間が広がっていた。
結局今日のうちに、あの‘‘なにか‘‘に会うことはできなかった。話すことができなかった。私は極めて強い焦燥感と不安を感じた。ここ最近ずっと感じていた違和感がそこにあるとわかるのに、それに手を伸ばすことができない。この苦しさを誰かに言うわけにもいかない。母に言えば、それこそ馬鹿にされてしまうのではないかと、私は怯えている。実体のないものを理解するのは、極めて辛いことなのだと、今それを感じた。
そんなことを考えているうちに、眠たくなってしまい、簡単に湯を浴び、そのまま寝た。寝つきはものすごくよかった。
・・・・・・・・・
(夢)
ああ、私は今どこに居るのだろう。美しい青色の水の中で浮かんでいるような、はたまた暗黒の激流の真っただ中にいるような。そんな感覚を覚える。何だろうこれは。だけど、別に何でもいいや。この何でもない世界で、なんでもある世界で、その存在を問うのは大変無意味なことだと、直感で思う。今はこの世界の流れに身を置いて、その流れの美しさを感じ取ることが大事なんだ。ああ、なんて美しい強弱なんだろう。上下を流れる流体が固体になってしまうような、衝撃的なのに安心する。こんなに情報過多で情報不足なことがあるんだ。これは、知覚することのできる存在に、自分の感覚を委ねてしまうような、そんな愚かなことを浮き彫りにしてしまうというのか。ああ自分自身が、自分自身によって否定されてゆく。しかし懐かしい。これぞまさしく自分というものの本流そのものなのだ。私の存在を決定するものは存在しえないものとでもいうのか。ああ間違いが正されていく。しかし美しい、しかし喜ばしい。
あぁ、そこに誰かいるのか。ぼやけていて何も見えない。誰かいるなら返事をしてくれないか。あれ、君は見たことがあるぞ。何かずっと昔に見たことがある。ずっと忘れていたよ。ああすまない。ずっと君に会いたかったんだよ。ずっとずっと、君の存在を探していた。君が不必要な瞬間なんてきっとなかったんだ。君を愛している。また明日会おう。
・・・・・・・・・・・
ハッ!!
ものすごい勢いで体を起こして目が覚めた。寝てる最中に躓いた時みたいな起き方だ。
身体の疲労がほとんどなくなっている。最近はずっと違和感を感じていたせいで、自然と体がこわばってしまって、体中が凝ったり、痛くなったりしていたのだ。だけど今は、昨日よりずっと落ち着いている。なにか夢の中で大事なことがあった気がするが、それも思い出せない。夢を思い出せないのは皆そうだろうけど。