第34話 ナイフ
人前であーくんと呼んでしまったがもう関係ない。今は完璧な人格ではない、あーくんを守る一人の家族だ。
とにかくあーくんをぶったこいつを許せない。
ほら、あーくんそんなに震えてないでこっちを見て?安心して!
「とりあえず眼球を潰すか」
この心許ない切れ味のナイフで皮膚を切断することは出来ないが目の一つ潰すくらいはできるだろう。
「待って!はる姉落ち着いて!」
「落ち着く?この状況に落ち着くの?あれっ落ち着くってなんだっけ?」
頭が回らないがやることは決まっている。
「大丈夫!あーくん!私落ち着いてるよ」
投げ方はフォアボールの握り方だっけ?いいや、投れればなんでもいいや。私は投げやすいよう形でフォークを持つ。
「はる姉!こんなシリアスの展開誰も望んでないから!ゆるふわ〜な感じでいいから!」
あーくんは私の前に立ちいつも通りの感じになっていた。それを見て私は少し安心する。
「じゃあ、この高ぶった気持ちどうすればいい?」
ちょっとやそっとのことじゃ……収まらないよ。食器の持つ力が強まる。
「はる姉ごめん」
いつもは私たちが無理矢理キスをせがんで嫌々やっているのに今回はあーくんから接吻をされた。
「ヒュー」
早乙女先輩はチャカすように口笛を吹く。
「な、なにやってるの!!」
慌てる二宮さん。
「僕たちは前にも言ったけど義理の姉弟なんだ」
「彼女は置いてきぼりかい?」
「契約彼女だから。この場を収めるにはこれしかなかった」
私のさっきまでの殺意はどこへやら。
「さいこ〜う」
私はあーくんのその柔らかい唇を堪能して、匂いも嗅ぐ。
こんどは……。
下半身が収まらないよう……。
その場を夢うつつな姉を置いて僕たちは去るように店を出た。