契約
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「あの時は、ありがとうございました!」
彼女はソファから立ち上がり、勢い良く頭を下げた。
「あのー……頭を上げてください」
まずは話を出来る状態にするため、まずは彼女に頭を上げるように言う。彼女はバッと頭を上げた。
「兎に角まずは、お座りください」
スーツ姿の女性に促され、俺たちもソファに座る。凄まじい程に座り心地が良く、しかも個別でソファがあるのがまた凄い。
「貴方が、篠枝鵠さん、ですね?」
「はい」
「まずは、我がホリミヤプロダクションの所属ストリーマーの命を守っていただいた事、お礼申し上げます」
女性は深々と頭を下げた。
「こちら赤﨑エリス、私はエリスのマネージャーをしている井口と申します。以後、お見知り置きを」
今度は女性ストリーマー——赤﨑が頭を下げた。
「その……実際に守ったのはコイツ、コクウなので」
「えぇ、存じております。コクウさん、ありがとうございました」
『カァ』
コクウが首を横に振る。
「気にするな、といった感じですね」
「……失礼ですが、意思疎通が可能なのですか?」
「多少は、ですね。な?」
『カァ』
コクウが首を縦に振ると、赤﨑さんと井口さんは驚きの声を挙げた。
「成る程、そこまで意思疎通が図れるのであれば、パートナーとしての連携は確かな物なのでしょう……と言った所で本題に移りましょう」
すると井口さんがファイルから一枚の紙を取り出した。
「我がホリミヤプロダクションは貴方を高く買っております。貴方もこのまま何時バレるかわからない状態に苛まれながら、身動きも取りづらい環境は嫌だと思われます」
「そうですね」
頷く。井口さんの言う通りだ。
「ふむ……契約の内容を確認したが、随分と篠枝君に有利な条件だな」
石動本部長が口を挟んだ。言われて初めて契約書に目を通す。
……………………
内容を纏める。
・再生数による収益は10:0で全て俺の懐に入る。登録者数による広告単価が上昇した場合も同様。
・ハイパーチャットによる収益も同様(手数料諸々を差し引いた、残りの約6割程を全て)。
・グッズ、メンバーシップ等の収益は9:1。
・プロモーション、イベント等の出演料は契約次第。
などなど。
俺には配信者の収益割合など全く知らないが、それでも石動本部長が言ったように大分俺に有利な条件に思える。
「貴方の未知数でありながら高い戦闘力、現在の話題性やキャラクターの発展性などを、長期的なスパンで検討した上での結論です。それらを含めれば、我々にも莫大な利があると踏んでいます」
「ふむ……大物ストリーマーの命をすんでの所で救った英雄、マスコミに嗅ぎつけられる前にキャラクターを展開する事で、沸いている界隈の熱視線を一挙に奪える。今回は身を隠してのキャラであるが故の神秘性……近年にはない、圧倒的な話題性がある訳か」
本部長が契約書を見ながら言うと、井口さんは静かに頷いた。
「篠枝さんが用意したペストマスク、ギルド側が用意したローブ……カラス……失礼、コクウさんを共として出演するなら、おあつらえ向きの装備。それを篠枝さんのキャラとして売り出せば、話題性が尽きる事はないでしょう」
「その……キャラクター性、とやらどうすれば良いのでしょうか」
「そもそも、ペストマスクを着用している怪しい人物に、トークを求める人はそう居ないでしょう。勿論、そういったキャラクターも居はしますが……墓穴を掘るだけになるので、今回は順当に、寡黙なキャラという設定です」
良かった、トークなんて苦手だし、配信自体だって苦手意識あるんだからその方が助かる。
「とはいえ、個人配信でいきなり寡黙なキャラで行く……となれば折角の話題性もすぐに無くなると思われます。故に、まずはこのエリスの助手として、配信に出て頂きます」
「宜しくお願いします!」
赤﨑さんが一礼をした……って、マジで?
「えっと……炎上、とかしないんですか?」
「十中八九、炎上はするでしょう。それも貴方の話題性を冷めさせないための燃料として活用するつもりです」
「成る程……」
世の中には炎上商法、というのもある。そういうキャラクターではないにせよ、少しでも話題が冷めるのを遅らせたいという魂胆なのか。
それから何度も話し合い、俺は全く反対もなくホリミヤプロダクションと契約を交わすのだった。
………………
「失礼致します」
豪奢な装飾が為された部屋に、一人の女性が丁寧な態度で入室した。
「契約は無事に完了したようだな」
部屋の奥、壁一面がガラス張りであり、高いビルからの絶景など目もくれず、空を見上げる男がいる。
「はい。堀宮社長の仰った通り、一切の不満なく契約に至りました」
「だろうな」
男——堀宮は、こうなる事がわかっていたのか、表情に変化は見られない。
「しかし……私としてはこの契約では会社に利益が見込めるようになるのは相当先のようにも感じられるのですが……」
「井口君。何も、金だけが利益ではないよ。先程も話した通り、彼の話題性は尋常ではない盛り上がり方をしている。多少、我々で盛り上げるようサクラを用意したが。そんな彼を他社よりもいち早く手にいれられた。このアドバンテージはかなり大きい」
堀宮はそう言うと手早く端末を操作する。すると井口の端末が受信したようで、井口は恐る恐るそれを開き、驚愕した。
「これは……!」
「所謂、パワーレベリングのような物だ。既に幾つかの企業には内密に打診している。その上、マスコミ各社にも鼻薬を効かせるよう手配済みだ。何匹か、鼻が効くネズミもいるのでな。だから君も安心して彼のマネジメントに務めたまえ」
「はい、ありがとうございます。その……」
「赤﨑君の事かね?」
「……」
井口は無言で返すが、それが正解なのだと分かっていたかのように堀宮は視線を井口へと向けた。
「当然だが、他の所属ストリーマー達の手前、我々の許可なくダンジョンに潜った事へのペナルティは必要だ」
「それが……篠枝君をエリスのサブとして付ける事なのですか?」
「あぁ。無論、彼女へのペナルティとしての側面が強いが、彼女にも利はある」
「それは……」
「いずれ、しかもそう遠くない未来に、篠枝君の登録者数は赤﨑君を越えるだろう。表向きには彼女の知名度を利用した篠枝君の安全なデビューだが、裏向きには、篠枝君の話題性を利用した赤﨑君の更なる飛躍も目的としている」
「飛躍、ですか……」
堀宮が頷く。
「異性とのコラボは、基本的に我が社では明言はしていない物の、暗黙の了解でNGとしてきた。対して、恋愛禁止にしていなければ、独身男性をターゲットにした商品展開もしていない。つまり、そういう展開の仕方も、出来なくはないという事だ。詳細は今は省くが、ユーザーの獲得手段の一つとして、手札に入れておきたい」
「成る程……」
井口はただ頷く事しかできなかった。
「間違った方向へ伸び切った蔦は、今回で折る事が出来た。勿論、不幸中の幸いではあるが。そんな蔦を、今度は正しい方へ伸ばせるか、が彼女への、そして君への課題でもある」
「……はい」
「君には、蔦を正しく伸ばす支柱になって貰わねばならない。……今回の二人の育成、我々もサポートはするが、メインは君だ。君の昇進は、二人の成功にかかっていると言って良い。苦労はかけるが、君には期待しているよ」
「はい、ありがとうございます。ご期待に添えられるよう、最善を尽くします」
井口は一礼し、部屋を出て行こうとする。
「あぁ、井口君。一つ言い忘れていたよ」
「は……?」
井口が振り向くと、堀宮が指を三本立てた。
「給料は三倍にしておこう」
「全力を尽くします!」
井口が軽やかな足取りで部屋を去る。口元に笑みを浮かべてそれを見送った堀宮は、グノーシスを起動させた。
『如何なさいましたか』
「赤﨑が単身でダンジョンに突入する事を手引きした奴がいる。徹底的に調べ上げろ」
『その後の対処は?』
「私が行う」
『畏まりました』
端末を耳元から外すと、堀宮は一息吐いて椅子に座り、外を眺めるのだった。




