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狂い雪月花

まだ体調が芳しくないため、数日空くかもしれません。

「本当に凍らないのね」


「特殊な訓練を受けてるものでねッ!」


刀を弾く。


「赤﨑さんッ!」


距離を取るシレーネを確認し、赤﨑さんを呼ぶ。彼女は頷き、跪く女性へと駆け寄った。


「今、運ぶからね、氷室さんっ」


肩を担いで赤﨑さんが離れる。氷室さんは意識はあるようだが荒い息遣いと、服も肌も所々切られており非常に痛々しい。


「今回も殺さないのか?」


「フフフ……さて、どうかしらね」


クスクスと妖艶な笑みを浮かべる。俺は杖先をシレーネへと向けた。


「──疾ッ!」


縮地、そして突きを喉に向けて放つ。


だがシレーネは難なくそれを弾き、逆に刀を振り下ろした。


俺は頭上で杖を斜めに構えて刀をいなし、そのまま杖をシレーネの喉へと再度突きを放った。が、今度はその杖先に刀の切先を合わせられた。


「結構なお手前で」


「貴方もね」


互いに距離を取る。


「あそこまで簡単に縮地を防がれるとは思わなかったよ」


「貴方ならそうすると思っただけよ」


シレーネは不適な笑みを浮かべたまま余裕さを崩さない。


そこまでの時間戦っていた訳ではないにも関わらず、俺の戦法の一部を把握、対策されている。特に一撃必殺の不意打ちである縮地を学習されたのは少し痛いか。


だが、手札は少なくない。一枚無くなった所でリカバリーする手段は幾らでもある。


俺は杖を横に薙ぎ、魔力の刃を展開する。


「あら、芸達者ね」


「その道で食っていける程度にはね」


再度縮地で距離を詰め、最小の動きで突きを放つ。


シレーネは対策済みとばかりに突きを横に回避するが、俺にとってそれは寧ろ待っていた動きだ。


そのまま体勢を変えずに剣を横に薙ぐ。流石にこれは初見の筈だ。


だがその剣は刀に防がれた。


「……まじか」


踏み込みも正しい体勢もない剣など力が殆ど入っていない。シレーネが剣を弾くと俺は簡単に体勢を崩し、背中を向けてしまう。


「まずは一太刀」


最小の動きで振るわれる刀。


──キィン!


金属音が響く。


「……本当に芸達者なのね」


すんでの所で魔力剣を解除して杖を袈裟斬りの角度に合わせるように背中に構え、刀を受け流したのだ。


俺は手早く体を捻り、杖先をシレーネに向ける。


「俺もあんたにはそう思ったね。当たると思ったんだけど?」


「そう?だって、突きの時点で体重が乗っていなかったもの、ブラフなのバレバレ。それに、思考も大体分かってきたの。貴方、同じ技は余り使わないでしょう?それよりも、対策されていない技で畳み掛ける事で勝ちを見出すタイプ。どう?当たりかしら」


「……人を見る目あるね、あんた」


冷や汗がこめかみを伝う。


「そういうあんたは相手の癖を読んでカウンターするタイプか」


「どうかしら、乙女の秘密を探るなんてデリカシーのない人ね」


「秘密があると気になって夜も眠れないないんだ」


「女性に嫌われるわよ」


「手厳しいね」

 

手を空に翳す。


掌から放たれたのは火球。


それを重力で滞空させる。


「今度は何を見せてくれるのかしら」


「多分お気に召すと思うよ」


重力の方向をシレーネに向ける。すると火球は徐々に加速しながらシレーネへと落下していく。


「それだけかしら」


「さてね!」


つまらなそうに刀を構えるシレーネへ、俺は不適な笑みで返した。シレーネの眼前に迫るタイミングで、俺は手から風の刃を射出。


「──爆ぜろ!」


風の刃が火球に命中し、火球は小規模な爆発を起こした。


「さてと……やったか!?って言っておくか」


爆炎が止むと、そこには一枚の氷の壁が出来上がっていた。


「──まさか、これを使わされるなんてね」


氷壁が徐々にひび割れ、砕け散った。


壁の向こうには無傷のまま、笑みを浮かべるシレーネが立っている。


「俺を芸達者って言ったのはそっちだろ?」


「そうね……まさか、一人で二属性持っている人間がいるなんて……常識を覆されたわ」


「それを無傷で防ぎ切った奴に言われてもね」


軽口を叩くが、内心ではかなり緊張している。倒せるとは流石に思わなかったが、傷ぐらい負わせられると思っていたからだ。


此方の手札に対する解答が向こうにはあったのだ。だが、発言の端に引っかかる物があった。



「あんまり使いたく無かったようだが?」


「……そうね。それだけ手札を見せてくれたんだもの。私だけ秘密主義なのはマナーに反するわね」


そう言うと彼女は、自らの胸元を少しだけ捲った。


「……なんだよ、それは」


胸元には、赤黒く輝く菱形の宝石のような物が埋め込まれていた。


「私の力の源の一つ。これがあるお陰で生命の危機に自動で反応してくれる優れ物なのだけれど……命が短くなっちゃうのよね、これ」


「……生命力を消費して自動防御……?欠片も聞いた事ないな」


「でしょうね。だってこれ、プロトタイプですもの。実験体に試作品を搭載してみただけ」


「実験体……?」


眉を顰めるが、彼女は口元に指を当てて笑った。


「これ以上は教えられないわ。知りたかったら、もっと私を求めてくれないと、ね」


「魅力的なお誘いだな、早速エスコートさせて頂いても?」


杖を構えるが、シレーネは刀の切先を下げた。


「でももう、時間切れね」


「あ?」


「あの子もう、耐えられそうにないみたい」


「耐えられ……ッ!?」


凄まじい気の流れに反射的に振り返る。


そこには、周りに氷の礫を浮かせながら立ち上がる氷室さんがいた。赤﨑さんは既に距離をとっている。


「何を……」


「あの子の両親、二人共氷属性の使い手として優秀なの」


いつの間にかシレーネが俺の横に立ち、氷室さんを見ていた。その表情は恍惚としていて、まるで憧れの人を見ているかのようだった。


「そして、あの子も二人の力を引き継ぎ、圧倒的な氷の力を内包している……けど」


氷の礫がさらに数を増やす。


「まだ力の制御、上手く出来ていないの。だから、これで力を封じていたの」


シレーネが手を出すと、そこには砕け散った指輪があった。


「だから、壊したの」


「……なんて事したんだよ」


睨み付けるが、シレーネは不適な笑みを浮かべで氷室さんに視線を向けたままだ。


「本当は私が……ヤってあげようと思っていたのだけれど……貴方がいるから予定を変更するわ」


「オリジナルチャートの発動は負けフラグだって、教えておいてやるよ」


「そう?……フフ、それも面白そうね」


「おいおい……って!?」


シレーネは急にジャンプすると、屋上の端っこに着地した。


「じゃあ、後はお願いするわね」


「待てコラ──嘘だろ!?」


シレーネはそのまま背中から落下していった。様子を見たいが、今は氷室さんの対処をしなくてはならない。


氷室さんを見ると、氷の礫が徐々に彼女の体に装着されていく。


「赤﨑さん、こっちへ!」


「う、うん!」


余りの力に肌がひりつくのを感じる。赤﨑さんを近くに寄せると、空からコクウと玄山が現れた。弦山はカラス達が運んでくれたようだ。


氷の礫が氷室さんを覆い、巨大な氷塊と化した。


「ふむ……強大な力を感じ取ってみたがこれは……」


弦山が刀の握りに手を置く。


氷塊にヒビが入り、砕け散る。


氷の粒子が無数に飛び散り、中から氷室さんがゆっくりと降り立った。


──その身に氷の鎧を纏い、背中に翼を羽ばたかせて。


「成る程……銀雪の戦乙女シルファーヴァルキュリアの名は伊達じゃないってか!」


氷室さんが手を振り抜くと、その手に氷の剣が展開された。その目に正気はない。


「正気に戻す!全員命を大事に!」


『カァッ!』


「うん!」


「うむ」


氷の戦乙女が、その刃を構えた。


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