敵は何者か
眼前へと迫る二振りの氷剣。
それに反応出来たのは天だけであった。
携える剣を交差するように構え、剣を防いだ。
──ローブの何者かが、ニヤリを笑ったように見えた。
「っ、これは……!?」
天が力いっぱい振り抜き、敵を吹き飛ばした。
携えている剣は、先程交差した部分が凍っていた。いや、というよりも氷になってしまった、というべきか。しかもその氷は徐々に剣を侵食していっていた。
天は迷う事なく剣を捨て去る。
「おい、天──」
「炎真、例え攻撃されても剣には触れるなよ。それと、これから見る事は内緒だ」
「は──」
炎真が疑問を呈する前に、天はその手を空に掲げた。
手に光が集まり、それは一振りの剣を形成した。
「おま、それ──」
「内緒、言ったろ?」
チラリと炎真を見る天。その鋭い視線に炎真は何故か体がすくんでしまう。
「ブライニクル、フィンブルヴェド……噂に聞く氷の剣とは大分違う性能みたいだね?」
「……」
敵は反応を示さない。
「お相手願おうか」
天は敢えて突っ込む。そのまま光剣を振るう。敵は回避せず、光剣を氷剣で防いだ。先程の様子であれば光剣はすぐにでも凍り始めただろう。
だが、光剣は一切凍結しない。
敵は光剣を弾くと、バク宙をして遠ざかった。
「うん、多少は分かってきたよ。残念だけど、この剣に『呪い』は効かないんだ」
「呪い……?」
炎真が呟き、天が頷き返した。
「詳しい事は教えられない。知りたいなら、次期当主としての自覚が必要さ」
「意味がわか──天ッ!」
「分かってる!」
迫る刀身。それを光剣で防ぐ。
「話中に攻撃してくるなんて、ナンセンスが過ぎるんじゃないかな!」
剣を弾く。
天の敵を見る目に隙はない。その時天は、小さく笑みを浮かべた。
「炎真、隙を見つけて逃げるんだ」
「なんだって?」
「流石に余裕が無くてね……」
「だが!」
「今の君は戦力外だ」
「っ……!」
大剣を握る力が強くなる。炎真は今の戦いで一切手を出していない、というよりも出せていないが正しい。余り動きも見えていないのだ。
だというのに天は一切驚く事なく攻撃を防ぎ、即座に対処すら行っている。同じ四天王というのに、この差は一体何なのか。炎真はそれが知りたかったが、今はそんな状況ではなく。
炎真は血が出る程に握り拳を作りながら頷いた。
「良し……俺がアイツを攻めるから、その隙に抜けるんだ」
「……分かった」
炎真はそこまでバカではない。天が炎真を逃すのは友人だからではない。炎真が時間を稼ぐより、天が時間を稼ぐ方がより生存確率が高いからだ。
そして生存した方は犯人の情報を家に伝える。場合によっては、氷室家に恩を売れるかもしれない。
天はそこまで想定しているだろう──炎真は確信を持っていた。
天が攻勢に出る。
払われる光剣を敵は難無く回避する。天はそのまま何度の乱れ斬るが、掠りすらしない。敵はまるで踊るような動作で鮮やかに回避していくのだ。
その隙に、炎真は横をすり抜け廃工場から走り去っていった。
「……逃して良かったのかな?」
「……えぇ、それはそれで、好きな方に転がりそうだから」
艶やかな声が響く。
そこで天は違和感を覚えた。
「急に喋り出したかと思えば、声色は似ている……貴方の正体は分かった」
「正体はさっきから分かっていたでしょう?」
「……まぁ、ね」
炎真が逃走する前から正体は殆ど分かっていた。だが、本人の目の前で、炎真にその情報を渡すのは不味い。天を本気で殺した上で、炎真に追い付く可能性があったからだ。
「貴方の戦い方には殺意が感じられない、相手を傷付ける事を第一としている……そう感じたんだ」
正体を知られた以上、この人物が容赦をするとは思わなかった。だから敢えて炎真に正体を明かさずに逃したのだ。
「理解のある男なのね」
「感情を読むのは得意でね」
剣を弾く。
敵はふわりと後方に跳んで着地をする。
「正体を知ったからには生かしては置けない、そうだろ?」
「さぁ?貴方次第ね」
「まだまだ赤点みたいだね。……そうだ、冥土の土産にもう少し教えてくれないか?」
「何かしら?」
「……なんで、お前は生きてるんだ?」
何時になく真剣、というよりも凄まじい殺意が籠った目だった。
敵の口元が、確かに歪んだ。
…………
「え?炎真君が?」
街の様子を伺いながら進んでいると、赤﨑さんが通信が入った。カラス達が何らかの情報を掴み、ミヤプロのカラス部屋の外で待機していた弦山に伝えたのだ。
こういう時に通訳出来る弦山の存在が非常に有難い。
『うむ、コクウ殿が言うにはそうらしい。相当に焦り、急いでいた様子。場所には既にコクウ殿が向かっている。場所を伝える故、至急向かって欲しい』
そうして弦山からの通信を頼りに街中を進み、とある通りに差し掛かった辺りで、空にカラスが数匹飛んでいる事に気が付いた。
その内の一匹がコクウである事に気付く。俺は路地に入り、魔法を発動する。
『一隻眼』
片目の視界がコクウとリンクする。その先には、黒いローブを着、氷の剣を二本携える人物と、金髪の男性が一人、戦っているのが見えた。見ている限り、男性は劣勢。体の一部が既に凍っているように見える。対して、ローブの人物は無傷。
そして何より、辺りの地面や壁には幾つも氷が生えているのが見える。多分、今回の事件の関係者だろう。
だとすれば、あのままであれば男性が殺されるのは時間の問題だ。
マスクに着替えている時間は無かった。
自分の正体と彼の命。それは、天秤に掛けるまでもなかった。




