炎真と……
「また、なんでこんな所で鍛錬してるんだい?」
「……ストーカーかお前は」
町外れにある工場跡地。
人気もなければ音もないこの場所は、彼──焔場炎真にとって格好の鍛錬場だった。
学校の施設は普通の学生であれば入って来れないが、四天王や教師陣は入って来れる。教師は教師で、炎真に対してペコペコ頭を下げて機嫌を窺うだけ。
周りの連中も、炎真に意見する奴は居ない。
皆炎真の意見を肯定し、後ろについて来るだけ。
女だってそうだ。
炎真が声を掛ければ黄色い声が挙がる。
声を掛けなくても、活躍する場面を見せれば殆どが頬を染める。
──ただ一人の女を除いて。
赤﨑エリス。学校で目を付けた女の中で唯一靡かなかった女。
見た目はかなりの上玉で、体付きも良い。性格も明るくて朗らか。
そして何よりも、炎属性を持っている点。
焔場家として、これ以上の女はいない。
相手は所詮一般人、見てくれが良いとは言え、焔場家というステータスに勝てるわけがない。炎真はそう考え、確信していた。
──結果はNo。
炎真はその時、数秒フリーズしていた。
──断られる?俺が?
全くもって、意味がわからなかった。
理由を聞けばただ一言、
──全部自分の思い通りになると思ってる奴、死ぬ程嫌い。
と、冷たい表情で言い放ち、エリスは立ち去っていった。
だがそれが、今までの人生における恥が、炎真の執着心を駆り立てた。
──どうせ焔場家に靡く。
そんな確信が、根底にあったからだ。
何より、欲しくない物は幾らでも手に入るのに、肝心の欲しい物が手に入らない。
これが気に食わなかった。
それから何度もエリスに迫るものの、近付く所か距離は離れるばかり。
──何故俺がたった一人の女程度で時間を掛けなければいけないんだ。
炎真はそう思うのだが、あれ以降、遊びに女を連れ回しても面白く感じなくなってしまった。
日を追う毎に、断られる毎に、周りの女は色褪せ、エリスだけが鮮やかに見える。
そんな時だ、エリスの思い人とやらが出て来たのは。
──決闘。俺はすぐに決断した。
高々一般人、対して炎真は次期当主を約束された焔場家の跡取り。勝利など、炎真には分かりきった結果だった。
故に考えていたのはどう貶めてやろうか、ただ
それだけだった。
衆目に晒された状態でボコボコにし、評価を落とされ、晒し上げる。炎真が思い付いたのはそんな事だった。
だが結果はアレ。
一撃も与えられず、明らかな手加減の上に五体満足のまま無力化。
完全なる敗北であった。
炎真にとってあの戦いはある種のトラウマとなっており、鵠が出していた殺気に本気で殺されると感じてしまっていた。
あれが本当の、命の駆け引きなのか。
炎真はそう学ばされた。
あれが決闘で良かったとさえ思う。人気のない所で挑んだとしたら、殺されていたかもしれない。
大量の生徒の前でイキった結果無様に負ける……これ程の屈辱はない。
いつもは憧れや嫉妬などの視線に心地良くなっていた筈なのに、生徒から送られて来る視線の殆ど哀れみや侮蔑。ざまぁみろと小さく言われたのも、炎真は聞いていた。
更に、あれだけ派手にやれば焔場家にも伝わる。帰宅した炎真を待っていたのは家族による叱責と、働いている人からの哀れみの視線だった。
数時間にも及ぶ反省と今後の行動次第によっては次期当主の座も危ぶまれるという事だった。
故に自宅に居るのも気不味く、街を彷徨っている内に廃工場へと辿り着いたのだった。ここなら鍛錬するために丁度良いと思い、鍛錬していたのだが、そこに何故か天が現れたのだった。
天は和かに笑うと、炎真の横まで歩いてきた。
「チラッと見かけてね。傷だらけの友人が危ない所にでも行ったらと思うと気が気じゃなかったんだよ」
「……ほざけ」
静かに、だが怒りを込めて言うが天はどこ吹く風だ。炎真からすれば天は鍛錬の邪魔でしかなく、そのまま天を追い払おうとしたのだが
「……誰かな?」
「あ?」
天が後ろを振り向く。そこには全身を白いローブに身を包んだ不審者が現れたのだった。
コツコツ、と。
革靴のような音を鳴らしながら近づいて来る。
炎真は天の横顔を見るが、いつに無く真剣で、警戒した表情だった。
「答える気はない、と?」
ローブの不審者はある程度の距離まで近づくとその足を止め、両手を広げた。
──その手に氷の粒が集まり、双剣を形成した。
「!?」
「氷の双剣、成る程ね……」
驚愕する炎真とは裏腹に天は表情一つ変えずに、いつの間にか一振りの剣を取り出していた。
「炎真、あれは間違い無く今回の犯人だろう。……取り敢えず生き残る事を考えるとしようか」
「ち、畜生、なんなんだよッ!」
炎真が大剣を構える。
その瞬間、ローブの不審者は地を蹴り、肉薄した。




