異変
遅れてすみません。
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弧を描く月が街を照らしている。
深夜、街は既に眠りに付き、やっている店も殆どなくシャッターが閉まっている所が多い。
閑散とした街中を一歩横に入れば、最早誰も居ないのは当然のような不気味さがある。
そんな道を、二人の男が歩いていた。
「でな?アイツ俺が声掛けてやったってぇのに無視しやがるんだ。陰キャの癖によぉ〜」
「顔は微妙だか胸だけはデケエからなぁ。揉みしだきてぇなぁ」
二人は顔を赤くし、不安定な歩き方をしながらヘラヘラと会話していた。サークルでの飲み会の帰りだ。
声を掛けた女からの対応に腹を立てた男達は、寝静まった街に声を響かせていた。
そんな時。
──コツ、コツ。
音が鳴った。
「あ……?」
男達が前を向く。
その先には、女性のようなシルエットが浮かんでいた。
男達が目を凝らす。
「お、上玉じゃん、やっぱ俺ら運良いなぁ」
「ねぇお姉さん!俺たち今スッゲー景気良くてさぁ、一緒に遊ばない?」
ヘラヘラとしながら男達は女性に向かっていく。
──その時、何か細長い鏡面に、月が浮かんだ。
「あ……?」
男達が瞬く間もなく、女性は視界から消えていた。周りを探し、後ろを振り向こうとした。
──ぼとり。
何が落ちる音と共に、男達の視界は地面と同じ低さになっていた。
男達は、自分の視界が何故地面にあるのか、理解する事が出来ぬまま、意識を失った。
…………
「は……?」
今朝方。
寝起きのボサボサ頭のまま、焼いたパンを食べながらテレビを見ていたのだが。
「氷、死?」
ニュースに出ていたのは、『男性と思われる氷死体の発見』だった。
見かけた一般人が、不自然に大量の氷が落ちている事に気がついた。
なんだこれ、と思いながらその氷を見てみると、
──中に目玉がある事に気が付いてしまった。
悲鳴を上げた一般人により周りの人々もその氷に気が付いた。その後、誰かの通報により警察が到着し、事件発覚へと至ったのだった。
検死の結果、その氷は解ける事がなく、男性二人分のパーツが細切れに存在していたという。だが、氷はかなり脆く、指と思われる部分の氷が、掴んだ拍子に砕け散った。
だが、中にあった指が出て来たわけではなく、指ごと砕け散ったのだ。それも、指だった筈の部分自体も、氷と化していた。
結果、服を含めた人体全てが氷そのものとなっていたらしい。
(体や服を構成する物全てを氷にした、って事か?……意味分かんねぇな)
グノーシスを用いてSNSで確認してみると、やはりというべきか、話題に挙がっているようだ。
そしてSNSで目立つ氷死事件の話題の中で、疑われている人々がいた。
(氷室家……)
これ程の離れ業が可能なのは、日本では氷室家ぐらいなのではないか──などという呟きがチラホラを見受けられた。
(……そういえば)
氷室家、と言えば俺も知らない話ではない。勿論氷室家そのもの関わりがある訳ではないが……。
(今回の事に関係あるのか……?)
気になる事が出来たため、既に学校に居るであろう赤﨑さんに手早くメッセージを送るのだった。
…………
『今朝の事件知ってる?』
篠枝からのメッセージを受け取った赤﨑は、特に驚く様子もなく目を閉じた。
もう既に、学校で噂になっているからだ。
突然起きた怪死事件。今の今まで有り得なかった新しい殺し方。しかもその方法が凍結。
日本でこのような特殊な状態に出来る可能性を持っているのは、とある家系以外思い当たらない。
そう、氷室家である。
氷室家とは生徒間でも大分ホットなワードでもあり、そのせいもあってか事件の噂は瞬く間に広がっていった。
そして現在、この学校にも氷室家が一人いる。
──氷室六花。つい最近北欧から転校してきた人物で、その強さや血筋の濃さは調べればすぐに分かるレベルで有名だ。
その上、クラスでの評判は頗る悪い。
最初に群がってきたクラスメート達を一蹴。その上、他のクラスから来る連中や、彼女に一目惚れした男達が玉砕する様などなど。
彼女にフラれた恨み、彼女の美しさに対する嫉妬など、有る事無い事様々なネガティブな内容が学校に拡散していった。
──アイツがやったんじゃないか?
誰が言ったのかは分からない。
だが、その意見を否定する者は居ても、咎める者は居なかった。
そして何より、話題の人物は今日、登校していない。HRに来た先生ですら、彼女がいない事に驚いていたくらいだ。
彼女がやったかどうかは別として、無関係ではないと、皆が確信してしまった。
──助けてあげたいな。
そこで赤﨑はハッとした。
メサイアコンプレックス。自分がそうなのではないかと言われている一種の精神病。普段であれば、赤﨑は居ても立っても居られず飛び出していただろう。
だが、彼女は踏みとどまれた。
(助けて、『あげたい』?……何それ、上から目線?私は、何様のつもりなの……)
そう思いながら、赤﨑は目を伏せた。
(自分じゃ手が届かない……だからそういう時は……?そうだ、誰かに相談すれば良い。頼れる、誰かに)
意を決した赤﨑は、頼れる誰かが自然と頭に思い浮かび
グノーシスを起動するのだった。




