止まり木
「おぉー」
ここはミヤプロの一室。
そこはまるで天国のような場所だった。
『カァ』
『カァカァ!』
『カァ?』
『チュンチュン』
鳴き声が部屋に響き渡る。
カラス用の部屋が遂に完成したのだ。
カラスは本来枝の上で寝る。そのため、壁に枝のような物を取り付ける必要があるのだが……。
そこにあったのはただの枝ではなく、巨大な流木が幾つか置かれていたのだ。ちゃんとバードスタンドとして機能しており、カラス達はその流木に留まっていた。
生物系のストリーマーさんが懇意にしているメーカーさんさら態々取り寄せてくれたらしい。カラス達も満足そうにしている。
……ただ、少し違和感があるのが。
「なんでお前もいるの?」
『チュン?』
チュン?じゃなくてさ。
カラス達の中に一匹だけスズメがいるのだ。多分前にコクウが連れて来た一匹なんだろうが……まぁいいけどさ。
一応コクウに説明したのだが、スズメはカラスと違って飼う事が出来ない。また、許可なく保護する事も出来ない。なので、この部屋に住まう事は出来ないのだ。
それをコクウに伝えると、コクウがスズメに近寄り鳴き合い始めた。多分情報を伝えているのだろう。少し残念そうに首を前に傾けたスズメに若干の罪悪感が生まれるが、仕方のない事なんだよ。法律で決まっているんだ。
スズメの頭を撫でると今度は嬉しそうにバサバサと翼をはためかせ、そのまま専用の出口から飛び去っていった。
この部屋には鳥専用の出入り口が設置されており、大型のカラスであるコクウがギリギリ通れる程度の出入り口だ。当然カバーがされている。
又、鳥用のトイレは外に設置してあるため、中にフンの臭いが充満する事はない。勿論、そのトイレは我々が処理しなければならないが、そこらで撒き散らされるよりは遥かに良い。
コクウのお陰でその辺りの躾は特に必要なく、皆ちゃんと従ってくれるようだ。
給餌用のスペースも当然あり、高級なペットフードが用意されている。一部のカラスは食事に夢中だったのだが、ちゃんと周りを汚さないように少しずつ食べているようだ。
端の方にはシャワーも設置されていて、ボタンを押している間だけ温めのお湯が出る仕組みになっている。カラスは水浴びも好きなので、シャワーは妥協出来ない点だった。
彼らは非常に賢いので、一匹がボタンを押し、もう一匹が体を動かして全身を洗うという行動をしていた。これには少し驚いた。
だが動物用の石鹸などは自力では使えないので、偶には洗ってやろうかなと考えていたり。
更にこの部屋にはバードアスレチックも幾つか設置されていて、屋内での運動にも事欠かないようになっている。
総じてクオリティが非常に高く、俺はかなり満足していた。コクウもかなりはしゃいでいるのか、各コーナーを満喫しては鳴きまくっていた。その様子には自然と頬が緩む物だ。
「満点の出来ですな」
「そうですね」
…………。
「え?」
俺以外人間はいない空間だった筈なのに、返答が返って来た。恐る恐る横を向く。
──そこにはギルド職員の朝霧さんが居た。鼻には何故かティッシュを詰めている。
「……朝霧、さん?」
「はい、なんでしょうか」
「いやぁ、その……なんで、居るのかなって、思って?」
「エデンの園を見に」
にしては何か目が少し……血走ってる?
「ここが楽園ですか……そして彼らが楽園に成る禁断の果実達……嗚呼、何と蠱惑的なのでしょうか」
「……、……?」
俺は少し様子のおかしい朝霧さんに首を傾げる。なーんか、言葉が凄い意味深というか、内側にある意味合いが違って感じるんだけどなぁ……気のせいかな。
「み、水浴び……そんな、とてもエッッッッなシーンをナマで見られるなんて……篠枝さん」
「ヒッ……ハ、ハイ?」
急に首がぐりんと向いたのてホラーチックな物を感じてしまった。若干鳥肌気味だ。俺は冷や汗をかきながら応答する。
「ここに住んでも?」
「……ダメに決まってるだろ」
ついタメ口になってしまったがまぁ良いだろう。朝霧さんは肩を落としながらも、グノーシスで写真を撮って帰っていた。……凄い連写音が聞こえたが、気のせいだろう、うん。
…………
一日休憩を挟み、完成したカラス部屋を確認しにいった俺とコクウは自宅へと帰って来ていた。
「うむ、おかえり」
「……」
リビングで茶を啜りながらテレビを見てる弦山が言った。俺は一瞬フリーズしてしまう。
「む?間違っていたかな?」
「……あー、いや、合ってる合ってる。只今」
「うむ」
首を傾げた弦山だが俺は素早く誤魔化す。するともう一つお茶が入った湯呑みと牛乳が注がれた皿がテーブルに置いてあるのが見えた。
「これは?」
「そろそろ帰宅だろうと思うてな。僭越ながら、茶を用意してみた。コクウ殿には牛乳だ」
「……ありがとう」
『カァ』
不覚にも少し涙腺に来た俺は、誤魔化すように笑みを浮かべながらテーブルに着いた。
「ふむ。何か引っかかる事でも?」
「ん?引っかかる事?」
聞き返すと、弦山は小さく頷いた。どうやら俺の感情に少し気になる点があったようだ。だが弦山はコホンと咳払いをすると、一口お茶を啜った。
「話したくなければ構わぬ。だが、もし話したくなったら、拙僧であれば何時でも構わぬ故」
「お気遣い痛み入るね。まぁ、そう隠すような話じゃはいし、聞いて貰った方が俺も楽になるから、聞いてくれるか?」
「うむ」
弦山とはこれから長い付き合いになるだろうから、余り隠し事はしたくない。俺はお茶で喉を潤し、過去を話し始めた。




