猫、デビューする
「──という訳で、大変申し訳ございませんでしたぁ!」
赤﨑さん、もとい紅咲さんが頭を下げる。俺も少しだけ頭を下げるが、注視していないとわからないレベルだ。
詳細をどう話すか──井口さんやギルド本部の朝霧さん、そして通話での参加の石動本部長を含めた話し合いを行った。
社長が出て来なかったのだが、井口さんは事前に全権を預かっていたらしい。ので、決定権は井口さんにあった。
とはいえ、隠す事と言えば俺の身バレ程度。マスクの状態では勝てなかった、と言うのではなく、隠している力を使わざるを得なかったという事にして、まだ引き出しがある事をチラつかせておく。
ダンジョンの奥が無かった、もしくは行く条件を満たしていなかったから、そこまで秘匿すべき内容ではない。
現在、配信のために訪れているのはとあるダンジョン。確かに難易度は高めではあるのだが、最近行った場所に比べれば格は落ちる。
「では、ここで一人紹介をしたい者がいる」
俺の背後から現れたのは茶色いマントで身を隠した弦山だ。
『ん?誰だ?』
『新しいメンバー?』
『にしては小さくね?』
『あれ、こいつ』
『子供!?』
コメント欄は大分ざわついていたのだが、数名は気付き始めているようだ。俺はマスクの内側で口元に笑みを浮かべる。
「では、挨拶を」
「あいわかった」
満を持して弦山がフードを取る。
「拙僧は弦山と申す。マスクの使い魔として今後は出る事となる。以後、宜しくお頼み申す」
弦山は鮮やかに一礼した。
『猫!?』
『猫又って奴か?』
『喋った!!!』
『かわいい!』
『えちょまって、使い魔て』
『使い魔二体目!?』
コメント欄は湧きに湧いていた。
使い魔二体目は前代未聞である。朝霧さん達と内容について協議するついでに鑑定して貰ったのだ。
……そもそも、鑑定の料金は物に依るが、最低でも六桁。鑑定レベルの高い、国でもトップクラスの鑑定士の場合は安くても七桁。八桁も少なくない。
朝霧さんはそれをついで感覚でやってくれたのだ。勿論、今回の話はギルドにちゃんと仔細を伝えて隠し事はなく、その上で石動本部長の許可を得ているため、問題は一切ない。
そんな訳で鑑定して貰った所、弦山は例を見ない二体目の使い魔となった。
「うむ。私の使い魔として、今後は働いて貰う」
『マタタビどうなんですか!?』(¥10000)
まさかの赤が飛んで来た。だが弦山が反応を示さないので、配信には聞こえない程度に呟く。一応猫目当てで出してくる人がいるのを見越して先にやり方を教えていたのだが、如何せん初めてなのだから仕方ない。
「……弦山」
「む?……うむ。えー、はいぱぁちゃっと忝い。マタタビを直接食べるのは余りしないが、マタタビ茶であれば良く飲むぞ。……こ、これで良いか?」
俺をチラリと見る弦山。俺は小さく頷いて返した。上出来な返事なんじゃないかと思う。
『やっぱ猫はマタタビなんだな』
『マタタビ茶飲ませてぇ』
『ありがとうございました!』
コメント欄も反応は良さげだし、ハイパーチャットした人も満足行ったようだ。
「と、弦山の紹介をした所で!今回のダンジョンなのですが、攻略は私、紅咲と!」
「拙僧、弦山。そしてコクウ殿の三名で行う事とする」
「マスクは付き添いで、戦闘に参加する場合は本当に危険な時のみになります!マスクの戦闘を期待した人には申し訳ありません!」
『別に構わんよー』
『ぬこのデビュー戦ってか』
『コクウたそが戦うんなら俺はokです』
『アカちゃんが出るなら無問題』
コメント欄で俺を期待する声は本当に少なかった。居なかった訳じゃなく、少なかったのだ。俺を気にしてくれたコメントのユーザーは覚えておくからな。
少し涙を誘われながらも、俺は気取られないように平静を装う。
「役割自体は前と変わらずではあるが、弦山は私とは違い、回避アタッカーという立ち位置だ。コクウの場合も、私のエンチャントが無ければサポートには回れない」
『カァカァ』
コクウが同意するように頷く。
「だから今回はアタッカー二人とタンク一羽でやってくよ!アタッカーとサポーター兼任してたマスクが居ないので、ヘイト管理が大事なのです!」
『そういやそうだな』
『アタッカーとサポーター兼任しつつ無双する奴は普通居ないんだけど』
冒険者の中でサポーターの役割を担える奴はそう多くない。バランスとしては、アタッカーが2に対しタンク1か2。タンクが1の場合はサポーターが1必要だ。それが基本ではあるのだが、サポーターの数が少ない事もあり、タンク2アタッカー2が主流だ。
まぁ弦山は少し本気で戦わないと行けない程の相手だったのだ。ゲームみたいに敵が味方になったら大幅に弱体化──なんて事はなく、ボス性能そのまま持って来たような物だ。
初めてのパーティ戦という事もあるし、俺が居ない場合のムーブを見てみたいとも思う。そもそも紅咲さんと弦山の役割は結構被っているのだ。如何に弦山が紅咲さんに合わせるかが重要だと考える。
今回の配信は楽だなーと思っていたのだが、コメント欄に反応するべきなのは俺になってしまった事に気付き、先が思いやられるのであった。




