学校にて
「…………」
「あは、あはは……」
ミヤプロの会議室。井口さんと赤﨑さん、そしてコクウ、弦山、そして俺が揃っている。
弦山について一部説明した所で、赤﨑さんが新たな話題という名の火種を点けたのだった。
曰く『代理人として、決闘してくれないか』と。
井口さんは頭を押さえている。内容を聞かずにやっているのだが、知っている事なのかもしれない。
「えっとね、その……内容というか理由というかをお話する、致しますとですね?」
赤﨑さんが慌てながら語り始めた。
………………
「おい、エリス」
昼食を摂り、教室に戻ろうとした時、不意に声が掛かった。声の主が誰かは簡単に特定出来たため、エリスは驚くのではなく、深い溜め息を吐いた。
──あーぁ、時間勿体無い。
エリスが抱くのはその諦めだけだった。
「……何」
振り向くと、そこに居たのは赤毛の男だった。ワックスをふんだんに使ったであろうツンツンヘアー、体付きも学生にしては少し筋肉質で、身長も高い。顔立ちもかなり良く、鋭い目付きが印象的な男。
「そう邪険にすんなよ、俺とお前の仲だろ?」
「仲良くなったつもりはないんだけど?」
因みにエリスの場合、多少嫌いや苦手程度の相手でも普通に振る舞う事が出来るのだが、本当に嫌いな相手には感情を動かさない。常に冷徹な表情で対応するのだ。
だが男は不愉快を隠さない赤﨑相手に豪快に笑った。
「言ってるだろ?俺とお前は相性がイイんだって。炎と炎、完璧な相性じゃねぇか。さっさと身の振り方を考えた方がイイぜ?折角第一夫人の座をお前のために空けてんだから」
普通なら余りにも気色の悪い発言なのだが、彼の場合はその限りではない。
彼の名は焔場炎真──氷室家のように、日本を代表する炎を司る家系として庇護と支援を受けて来た家の長男。次男もいるのだが、余り才能がないようで、次期当主は彼で決まりだと言われている。
本人もその自覚があり、その上自分よりも年上の人間達が自分に頭を下げる──彼にとってはこれが日常だった。
彼を否定する者場居らず、皆肯定のみをする。彼の自己肯定感はある一定の歳になるまで増長に増長を重ねていた。
今でもその自意識過剰具合は凄まじいのだが、これでも多少なりを顰めたというのは彼を知らない人間からすれば驚愕する事実だ。
そんな彼に見初められたいと思う女子は数知れず。勿論だが、学校の四天王の一人にもなっており、その人気は学校内だけに留まらなかった。最も、性格が悪めなオラオラ系であるため、彼を否定する者も少なくないのだが──彼は気にした事がなかった。
そんな傍若無人振りと、そのルックスの高さ、そして何より戦いにおける圧倒的な攻めから名前を捩り『閻魔』と学内で呼ばれる事もしばしば。
「そもそも勝手に名前で呼ぶの止めてくれる?許した覚えないんだけど」
「それは無理な相談だな」
「相談なんかしてない」
どうせ言っても聞かないだろう──エリスは諦め、その場から立ち去ろうとする。だが、そこで炎真はエリスのうでをつかんだ。
「まだ話は終わってねぇ」
「離してよ!」
「話が終わったらな」
エリスは振り向き炎真を睨むが、炎真はただ笑みを浮かべるだけ。
「そろそろ腹を括らないか?俺としても、ずっとお前のために第一夫人の席を空けとくってのも厳しいんだよなぁ。早く決めてくれねぇと、第二第三と落ちちまうぜ?」
「その考えがまず気持ち悪いの!」
「言う奴に実力が無けりゃな。だが俺には実力がある。それに焔場はこっからデカくなる、いや、俺がする。氷室なんざ目じゃねぇくらいにな。今の内に俺に擦り寄っといた方が良いと思うんだが?」
「私は自分が好きだと思った人としか付き合わないから!」
「んな事言ってさ。女は顔と金と力があれば良いだろ?」
「そうやって人を下に見てる奴、私は嫌いなの」
やっとの思いで炎真の手を振り払う。
「好きな奴でも居るのかよ」
「それは……っ」
そこでエリスは言葉に詰まった。今までそういった事を炎真に言われた時はすぐに反論していたのだが、何故か今は言葉が出ない。
「……へぇ」
炎真はそれだけ呟き、踵を返した。
「今度お前の好きな奴連れて来いよ、格の違いってヤツを見せてやるからよ」
「は、はぁ!?居る訳ないし、連れてくる訳ないでしょ!」
「そうかい。ま、これで逃げるような男じゃあ、どうせお前には釣り合わねぇよ」
炎真は歩きながら手を振り、去っていった。エリスは炎真に対し腹を立てながらも、何故言い淀んでしまったのか、自分でも分からなかった。
…………
「──って事があってさ!もうムシャムシャだよ!」
「むしゃくしゃね。咀嚼に合わせんなし」
お菓子を食べながら憤慨する赤﨑さん。今時そんなベタな王子様系って居るんだなぁ。そもそも名前が凄い少年漫画の主人公みたいなんだけど、設定詰め込み過ぎじゃない?ソイツ。
そんな適当な事を考えながら醤油煎餅を咀嚼していると、赤﨑さんが此方を見つめている事に気が付いた。
「……どったの?」
「えっとね?その……出来れば、篠枝さんに、その役をやって欲しいんだけど……」
「その役?……あぁ、彼が勘違いしてる好きな人の役って事?」
「そ、そう、それ!」
なんで慌てているのかは分からないが、それで正解だったみたいだ。しかし、どうすれば良いのだろう。
「でもなぁ……俺が行った所で嘘って見抜かれそうなんだけど」
「?どうして?」
「いやねぇ、だってさ」
自分の顔をペタペタ触る。お世辞にも、イケメンと呼ばれる部類ではない。良くてフツメンと呼んでくれるかも、ぐらいだろう。
「この顔で?うーん……急に拵えました感満載だと思うよ」
「そ、そんな事ないよ!うん、ないない!ピッタリだし!これ以上にないくらいピッタリだから!」
「そう?……あぁ、そうか。その彼を黙らせるために、俺が代理人として戦えば良いって事か」
「そう、そういう事!」
「でもなぁ……」
チラリと井口さんを見る。井口さんは目を閉じたまま、ゆっくりとした動きでお茶を啜っていた。
「焔場炎真──エリスから話を聞いて、焔場はマークしているけれど、確かに少し度を越し始めてるわね。これ以上ともなれば、エリス自身に被害が及ぶ可能性もある。これを機に、一度お灸を据えても良いかもしれないわ」
「成る程、井口さんは賛成ですか。でも、どうするんです?俺の身バレとかが更に危ぶまれるかもしれませんし」
「いえ、顔は隠すわ」
「ほう」
「貴方には、エリスの戦闘技術における師匠、という設定でやってもらうわ」




