弦山の過去
先日は投稿出来ずにすみません。リアルで諸事情が重なりまして、投稿出来ませんでした。
「拙僧はどうやら猫又と呼ばれる妖怪でな」
ほれ、と言いながら弦山は後ろを向くと、マントの下から二又に別れた尻尾が出て来た。
「わっ、二又になってる……」
「経緯は分からぬが……覚えている事を話そう」
弦山は空を見上げた。
…………
拙僧は嘗て、子供時代に捨てられた。迷い迷ってとある神社へと辿り着き、宮司に救われたのだ。
宮司に見つけられたのが夜で、弓張月が山から覗いていた事から、弦山と名付けられ、そのまま宮司が住まう境内の住まいで飼われる事となった。
宮司も独り身だった故、拙僧に多大な愛情を分け与えてくれた。
拙僧も度々住居から散歩とばかりに出され、神社を巡っては宮司の下に帰った。拙僧にとっても、宮司の住居は自宅になっていた。
明確に、当時の思考を記憶している訳ではない。拙僧はただの猫故。
……む?何故そんなに尾を見る、そんなに不思議か?……触るのか構わないが、程々にして貰いたい。
……さて。
季節が十数度巡ったであろう、拙僧も大人になった。宮司が買い物に行った時は、何時も社の前で待っていた。
その時には神社に置ける『ますこっときゃらくたぁ』なる物として人気を博していた。
学校帰りの子供に撫でられていた記憶はある。
そんな何気ない幸せな日常は、唐突に終わりを告げた。
昼頃、住居内で宮司が倒れたのだ。理由は分からぬが、胸の辺りを押さえて苦しんでいたのを覚えている。外ならまだしも、その時は室内だった。
しかも宮司は独り身であり、拙僧もただの猫。ただ寄り添う事しか出来なかった。
それ故に発見は遅れ、見つけてくれたのは拙僧が外に居ない事を不思議に思い、宮司を尋ねて来た子供達だった。
もう夕方に近い時間。数時間苦しみ続けた宮司は救急車で運ばれ、遂には帰って来る事はなかった。
拙僧を不憫に思ったであろう近隣の子供達が拙僧を家に置いてくれたり、餌をくれたりしていたのだが、不思議と餌には手をつけず、気付けば神社に戻っていた。
もう帰って来ない、宮司を待ち続けた。
だが拙僧も老齢。餌も食べなければ、寝床も屋外。日に日に衰え、動く事も余り出来なくなっていた。
子供達も偶に様子を観に来るが、餌も食べずに逃げ出すためか、連れ帰るのを諦めていただろう。
目を閉じれば宮司との温かい記憶が蘇る、まるで走馬灯のように。出来る事ならこのまま、宮司の下へ行きたい──そう願った時、頭上から光が降り注いだ。
猫としての記憶は、ここで終わっている。
…………
「それから、拙僧は永き時間、夢を見ていた。ある報せを受けるまでは」
「報せ?」
「うむ。突然、声が聞こえたのだ。『刻が来た』と」
「刻……」
顎に手を当てて考える。何かしらのトリガーがあったんだろうけど、それが分からない。
「声の主は分からぬ。ただ、お主がここに入った時点で、拙僧はお主と戦わねばならない、そう思ったのだ」
「とすると……俺のスキルが原因、かもしれないな」
「すきる?」
「あぁ、えっと……最近じゃあ『才能』って言うべきかな。それも後天的な才能」
「ふむ、才能とは先天的な物のみと理解していたが……近年は例外があるという事か。この場を含めて」
「そうなるな……だけど、俺と弦山の関係性が良く分からないな」
弦山も頷く。
「ふむ。だが……時間が来たようだ」
弦山から光が立ち上がり始める。
「お別れか」
「そのようだ。役割を果たした、という事だろうか。短い付き合いではあるが、少し別れが惜しいと思う」
「俺も二足歩行の猫と戦うなんて貴重な体験だったよ」
弦山はニコリと笑みを浮かべると、空へと消えていった。俺の体も何故か、仄かに温かみを纏った気がした。
「……さ、赤﨑さん、帰──」
「ふぐっ、ぐえっ」
「──え?」
振り返ると、赤﨑さんが号泣していた。しかも泣き方が若干汚い。コクウも引き気味に赤﨑さんを見ていた。
「だっでぇぇ、づらすぎるんだもん゛〜」
赤﨑さんはポケットからハンカチを取り出し、顔面を覆った。
「……取り敢えず、帰ろう」
『カァ』
気を取り直し、俺達は再度鳥居を潜ってダンジョンを出た。
…………
「はぁー、雑談配信でどう言い訳するんだろか」
配信とダンジョン攻略を終え、コクウと俺は帰路に着いていた。自宅前に着いた所で、ふと部屋の電気が点いている事に気が付いた。
泥棒か?とも思ったが、泥棒にしては不用心過ぎる。既に夜になっており、明かりを点ければ外からは分かりやすくなる。
「コクウ」
コクウは頷くと、飛び上がって敷地内に入って行った。数秒後、コクウは手早く戻り、俺の肩に着地した。
「泥棒居た?」
首を横に振る。部屋の電気は点けっぱなしにして他でも漁っているのだろうか。より不用心だと思い、コクウに更に質問を投げる。
「誰かいた?」
コクウは頷いた。
「え?マジ?」
『カァ』
コクウに慌てた様子はない。取り敢えず、コクウが警戒していないようなので、俺は首を傾げながら家へと入っていった。
「誰か居ますー?」
問いかけてみる。すると
『む』
一言聞こえた。椅子を引く音と共に、ペチペチとした足音が聞こえる。……ペチペチ?足音?
眉を顰めたまま玄関で待っていると、それはリビングから現れた。
「やっと帰って来たのか、遅いではないか」
「……、…………は?」
そこに居たのは予想だにしない人物……人物?
二足歩行の猫、もとい猫又の弦山が立っていた。




