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氷室六花について

「……すげぇな」


そこは事務所の一室。俺は入金された金額を見て目が飛び出るかと思ったが、何とか事なきを得た。


事件から少し経過。お互い心身共に癒えたため、活動を再開している。数日間音沙汰が無かったから心配されているかもと思ったが、その辺りミヤプロは抜け目なくカバーしてくれたため、話題は直ぐに鎮火した。


と、言うか俺を心配する声は皆無。赤﨑さんとコクウで全て占められていた。NGワードにでもされてたんじゃないのかと疑うくらい無かったのは少し涙腺に来る物がある。


で、赤﨑さんも集合し、ある話題に移ったのだ。


「氷室六花さん、ね」


井口さんは何か思い当たる節があるようで、シャープな顎のラインに指を当てている。


「有名なんですか?」


「うん……多分、知らない人そんなに居ないと思うよ?」


「嘘……コクウ?お前も、知らなかったよな?」


お菓子を食べているコクウは首を横に振った。


「ヴァッ……ヴァッ君は?知らなかった、よね?」


赤リボンのカラス──ヴァーミリオンのヴァッ君は首を横に振った。ヴァッ君も凄まじ進化を遂げているのか、俺たちの会話を普通に理解している。


「俺だけ……ハハ、冗談キツいぜ」


「社会情報に疎い方がキツいかもー」


「ゴッ……」


赤﨑さんからのキツい突っ込みがまるで鈍痛のように頭に広がった、気がした。


「ニュースを見ていないの?」


「うーん、大体朝飯食べてる時ぐらいしか見ないですねぇ」


「……氷室六花。敢えて分類するなら、第三世代。その筆頭とも言うべき人物よ」


諦めたのは、井口さんが語り始めた。


「第三世代の、筆頭?」


疑問を口にすると井口さんは頷いた。


「英国最強クラスの氷使いの魔導師、冰塵の女帝(エイスカイザリン)と呼ばれた女性と、日本で新しく興った氷属性の家系『氷室家』が結婚し、産まれたのが氷室六花さん」


凄いな……と素直に思ってしまう。


「赤子だった彼女を取り出した医者の手が凍り付いた、なんて話もあるわね」


「怖っ……そうまで噂されるって事はやっぱり」


「えぇ。両親を圧倒的に上回る才の持ち主、とまで言われてるわ。最近まではずっと北欧に留学していたらしくて、向こうで付いた名前が、銀雪の戦乙女シルファーヴァルキュリア



「ネットでも大分噂になってるんだよねー。学生なんだけどモデルもやってるらしくて。業界じゃ、彼女に着て貰えるのが一つのステータス、だなんて言われてたり」


グノーシスを操作しながら、赤﨑さんが言った。ただただ凄いと思うが……だからと言って、そんなに情報が出回るのも怖いもんだ。


「うわ、もう制服の氷室さんの画像載ってる」



「怖っ……ネットリテラシー無い奴ってのは何時もこうだよな。有名人って枠組みじゃ、赤﨑さんも共感出来る部分あるんじゃないの?」


「うーん……向こうがどう思うかは分からないけど、私は全然違うと思うなー」


賛同を得られるかと思いきや、寧ろ彼女は眉を顰めた。


「どうして?」


「私は一応自分を隠してやってるし、それに配信とリアルで全然キャラ変わらないから、そこまで外面を気にしなくて良いんだよねぇ。でも氷室さんは、あれがリアルなわけでさ。何かしでかしたらダイレクトに響くし、何時も自分を覆い隠さなくちゃいけないとなると、ストレスパないと思うよ」


「あー、成る程ね……こっちで友達とか居ないのかね?」


「うーん……でも正直、学校だとあんまり友達出来なさそう」


「どうして?」


「あのね──」



………………



「私に関わらないで、迷惑だから」


ホームルーム後、氷室さんの所に群がったクラスメート達に、氷室さんは表情一つ変えずそう言い放った。


わいわい騒いでいたクラスメート達は皆凍りついてしまった。それもそうだろう。度々話題にされたり、ネット上でも話が上がる、その上モデル業までやる程のプロポーション。


それが目の前に居るのだから集まるのは仕方ない。そして、その人物から突き放されたのだから、凍り付くのも当然だ。


「……何故留まっているの?授業の邪魔になるのだけれど」


まるで世界を凍てつかさせるような声色。周りのクラスメートはビクリと反応し、そそくさと席に戻って行った。


チラリと氷室さんを見るが、解散した事に目も暮れず、授業の準備をし始めていた。


それから授業・休み時間・授業……そして昼休みになるが、先程の事もあり、誰も話し掛けようとしない。


別のクラスの人や果てには別学年の人も来るのだが、全て追い返してしまった。そうなれば、話は瞬く間に学校に広がる。


昼休みが終わる頃には、もう誰も彼女を尋ねる者は居なかった。学校が終わる段階で、彼女は素早く荷造りし、教室を出て行ってしまった。




…………




「──っていう感じ」


「ほー、如何にもって感じだね」


ネットに載ってた写真通りの女性だ。でも改めて通うような場所でそういう対応は寧ろ自分の首を絞める結果にもなりそうだけど。


「でも何で敵を作るような対応しちゃうんだろ?」


「うーん……分からんねぇ。それに、俺らが考える事ではないんじゃない?」


「そだね」


「えぇ、その通り」


会話が終わったのを見計らってか、井口さんが口を開いた。


「あなた達にはあなた達の仕事がある。誰かの私情を憶測で考えている時間はないんじゃない?」


「そうですね。俺達も配信しないと。それに、扉の事もある」


「そだね……じゃ、準備しよっか」


俺は頷く。そろそろ配信の時間だからだ。高難易度である事は同じだが、また別のダンジョン。既に攻略されているダンジョンではあるのだが、もしかしたら何か見つかるかもしれないし、俺達には配信する義務もある。


俺達は席を立ち、準備をし始めた。



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