その後2
「傷は癒えたようだな」
「はい、申し訳ございませんでした」
ここはミヤプロの社長室。赤﨑は一人、社長の前で深く頭を下げた。
「沢山の人に迷惑を掛けた──この事はもう、理解しているね?」
「はい……」
「誰かを助けようとするのは良い事だ。だが、今回は何故、咎められたか分かるか?」
「えっと……迷惑を、掛けてしまったから、ですか?」
「大きくは、な。正解は、自分の救える領域を大きく逸脱してしまった事だ。それで様々な人間を巻き込んだ。最悪、死人も出ていただろう」
「…………っ」
「人が誰かを助ける時、それは手を伸ばせば届く範囲でなければならない。それを越えれば、バランスを崩して君も倒れてしまう。分かるね」
「はい……」
「そして君が倒れてしまった時、誰が悲しむか。大切に育てて貰っているご両親、君の友人や同僚、そして何よりも、君が助けた人物だ」
「え……?」
「助けて貰った人は大抵、助けてくれた人に恩を感じる。だが、助けた人物がもし亡くなっていたとしたら。助けられた人は、恩を返す事も出来ず、一生重荷を背負って生きていかねばならない」
「…………」
「君がもし、助けた側だとして。助けた人物が自分を一生引き摺る姿を見たいかね?」
赤﨑が首を横に振ると、堀宮は小さく頷いた。
「では、手が届かないと分かった時、どうすれば良いと思う?」
「……誰かに、助けを、求める……?」
「その通りだ、分かっているじゃないか。答えは単純、自分の手が届かないなら、誰かと手を結べば良い。その誰かの分、助けられる範囲は広がる。その人物が頼れれば頼れる程に」
「…………」
「君の場合、事情が事情だ、理解も出来る。だが、もし君にとって誰か頼れる人が居るのなら、一瞬だけでも良い。その人を思い浮かべなさい。そうすれば、君なら立ち止まる事が出来ると、私は信じている」
「……はい、ありがとう、ございます」
「では、以上だ。これば今回の事は不問とするが、しっかり反省するように」
「はい……!失礼します!」
赤﨑は社長に一礼し、社長室を出て行った。
「……物語症候群、θαか。厄介な物を持ち込んでくれたな」
赤﨑が居なくなった部屋で、堀宮はグノーシスを起動し、誰かと話し始めた。
………………
「ごめんなさい!」
赤﨑さんの謝罪が部屋に響く。
あれから数日後。赤﨑さんの体も無事に治った事で、こうして集まる事になった。ここにいるのは井口さん、赤﨑さん、コクウ、そして俺
、と……。
何故か赤﨑さんの太ももに居座る一匹の烏。足に赤いリボンを付けている。
実は今回のMVPみたいな物で、コイツがいち早くコクウに知らせてくれたからこそ、助けに行けたのだ。
俺はと言う物、特にダメージもなく、メンタル面も全く問題無かったため、翌日には社長達や本部長達にアポを取り、今回のダンジョン探索及び適性勢力『デッドアイ』に関する情報共有を行なった。
現れた扉、向こう側、新たなスキル、そして物語症候群……本当に知らない事だらけなのだが、周りの人達も、誰もその存在を知らなかった。
情報共有だけはしつつ、それ以上の進展は見込めないため、お開きとなり、こうして赤﨑さんの回復を待っていたという訳なのだが。
まずは赤﨑さんの謝罪から始まった。
「私が、何も考えずに突っ走って皆に迷惑を掛けてしまって、本当にごめんなさい」
「社長には何て言われたの?」
井口さんが優しげな声色で聞く。
赤﨑さんは社長から聞かされた事を話し始めた。
妥当だな、と思う。ミイラ取りがミイラになるとはこの事。井口さんも頷いている。
「本気で心配したんだからね?」
「はい……これから、ちゃんとまず、頭で考えてから、行動するようにします」
落ち込んではいるが、目は生きているように見える。社長からの話が大分効いたのかもしれない。
「篠枝さんも、コクウも、ごめんなさい」
「俺達は大丈夫。な?コクウ」
『カァ!』
『カァ』
バサァッと翼を広げる。それに呼応してか、赤﨑さんの所に居るカラスも翼を広げた。
「……事情、聞かないの?」
赤﨑さんが少し上目遣いで俺に問うて来る。若干気恥ずかしくなった俺は、目線を外して咳払いをする。
「いいさ、別に。話したくなったらで構わないよ」
「……うん、えへへ、ありがと」
赤﨑さんは照れながらそう言った。膝上に居るカラスが首を傾げながら赤﨑さんを見つめる。
「ちょ、ヴァッ君!今見んなし!」
「ハッハッハ──は?」
微笑ましい場面を見てたかと思ったら、俺は今の言葉に違和感があった。眉を顰める。
「今、その仔をなんと?」
「え?ヴァッ君だけど……」
「バ──ヴァッ君?」
「うん、ヴァーミリオンのヴァッ君」
赤いリボンのカラス──もといヴァーミリオンのヴァッ君を見る。ヴァッ君も俺を見つめていた。
「お前……いいのか、それで」
──ヴァッ君は目線を逸らした。
「ちょ、ヴァッ君ダメ!別のにするよ!」
「えぇー!いいでしょヴァッ君!ヴァーミリオンだよ!?朱色だよ!カッコいいじゃんか!」
「だぁ!もう!ネーミングセンスも猛牛なんですかねぇ!」
「あ!今、『も』って言ったなぁ!」
「言いましたけども?」
「ムキィィィィ!」
「……一件落着で、良いのかしら」
あーだこーだ言い争う俺達を後目に、井口さんは冷静にお茶を啜り、ヴァッ君はいつの間にかコクウの横に移動し、お菓子を食べるのであった。
──第一章〜炎の果てに〜 終




