その後1
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まず病院に行くと、入り口では朝霧さんが待っていた。井口さんは赤﨑さんに着いている必要があるため、俺は朝霧さんの車で事務所まで戻る。
体力的には問題ないため、そのまま社長室まで直行する事に。先程までの緊張もあるため、少しばかり気が滅入るが、今回は仕方のない事だと腹を決め、社長室への扉に手をかける。
「私はここまでです」
「ありがとうございました──って、えっ?俺とコクウだけですか?」
「大丈夫ですよ」
送り届けてくれた朝霧さんにお礼を言いつつ、彼女を二度見する。いや大丈夫かと言われると別に怒られるような事はしてないんだけども。
ただ心細いのである。
だが朝霧さんもギルドの社員であってミヤプロの社員ではない。ちゃんと線引きをしてあるのだろう。
離れる朝霧さんの背中を見送り、扉をノックした。
「篠枝です」
『入りたまえ』
意を決し、中に入る。奥のデスクには、如何にも高そうな椅子に座る社長が、グノーシスを閉じた所だった。
茶髪のオールバックのダンディな人。余り表には出ない人だが、アドストリーマーが世間の衆目を集め始めると、雑誌などにも出ていた。
「あ。えっと……」
「問題はない。君も掛けたまえ」
一礼だけして、近くのソファに腰掛ける。
「篠枝君、コクウ。まずは今回の事、ご苦労だった。君達は良くやってくれた」
「いえ、当然の事をしたまでです。……そもそも、ある意味原因は俺にありますから」
「君が、あの女性を助けた事が全ての始まりだと思っているなら、それはお門違いだ」
「……でも」
「君は少し後悔しているのだろう?あの女性の命と君と赤﨑君の命。どちらを取るかと言われれば、私は迷わず君達の命を優先する」
「……俺も、どちらかだとしたら、赤﨑さんを優先します、多分……迷わず」
社長は頷いた。
「相手は海外を中心としたマフィア。対してこちらはアドストリーマーとは聞こえは良いが、謂わば一般人だ。相手にするには分が悪すぎる」
「……あの」
「何かね?」
「いえ、その……赤﨑さんは何故、飛び出して行ったんでしょうか?彼女だって、リスクが余りにも高い事はわかる筈です。特に、……言ってしまえば、その……」
「私が言おう」
俺は少し躊躇いつつ、口に出そうとするが、堀宮社長がそれを制した。
「我々には全く関係のない、それも薬物中毒の、態々救う価値のない人間を、何故赤﨑君が助けに行ったのか」
「……」
俺は何も答えない。
「彼女のプライベートを私から話すつもりはない。聞きたければ、彼女が自ら言うのを待ちなさい」
「えぇ、勿論です」
「うむ。それを踏まえた上で、私から言える事。それは……彼女が一種の、メサイアコンプレックスだからだよ」
「メサイアコンプレックス……」
「救世主妄想。端的に言えば、誰かを助ける事で自己を肯定しようとする者。自分が関わった事に対し、酷く責任感を覚え、自己を顧みずに救おうとしてしまう」
「極端な自己犠牲、って感じでしょうか」
「彼女の場合はな。その根底にあるのは大抵
、他人への劣等感から来る物で、人を思い遣っているわけではなく、自分の劣等感を埋め、肯定するために誰かを救おうとする」
「……」
俺は目を伏せた。
「以上だ。今回のダンジョン探索、及び事件の内容は、後日聞くとしよう。君も、もう帰りたまえ」
「え?良いんですか?」
社長は静かに頷いた。そこで俺はある事が引っかかった。
「そういえば、特殊部隊みたいな方々が居ましたが……俺達は逃がされました、なんか上からの命令みたいで。あれは……もしかして社長が?」
「あぁ、その通りだと言っておこう」
「そう、でしたか。ありがとうございました」
「礼には及ばん」
俺は一礼して部屋を出る。そこには朝霧さんが待ち構えていた。
「話は終わりましたか?」
「はい。待ってて貰ってすみません」
「いえ、構いませんよ。貴方がダンジョンから持ち帰った情報諸々、我々ギルドも興味津々ですからね」
「でしょうね」
車に乗り、ゆったりとしたスペースに腰を落とす。少しだけ揺れる車内と、雰囲気の良い曲が流れているためか、気がつけば、俺は寝てしまっていた。
自宅に到着して起こされた時、何故か助手席に居たコクウと名残惜しそうにお別れをしていたのは俺が気にし過ぎなのだろうか。
「うーん……ぐあぁ……あー、心労があると体も疲れて来るんかなぁ」
『カァカァ』
伸びをしていると、ペシペシと俺の頭を叩くコクウ。
「分かりましたよ、早く家入るか。あー、でも寝る前に風呂入ったり飯作んないとなぁ。風呂は頼むわ」
『カァ』
仕方ないな、とでも言うようにコクウが目を細める。そんな会話をしながら、俺達は無事、自宅に帰るのだった。
…………
これは鵠達が社長室に来る前……
「井口君、君もご苦労だった」
『いえ……寧ろ、申し訳ございませんでした』
病院で赤﨑を診て貰っている間に、井口も堀宮に電話を掛けていた。
「今回の事はイレギュラーではあるが……確かに君の落ち度でもある。彼女の精神状態を鑑みれば、自ずと分かったはずだ」
『はい……』
「だが、君は今回から慣れない二人担当。片方も大分イレギュラーなストリーマーだ。それを考慮して、君へのペナルティは無しとする」
『で、ですがそれでは……!』
「それに、赤﨑君の事も考えたまえ。もし今回の事で君に何かしらのペナルティがあり、それが彼女にバレた場合、彼女の肩に掛かる重りは更に増えるだろう。肉体の傷は癒せても、心の傷を癒すのは難しい。君も理解しているはずだ」
『……はい』
「それと、もう一つ」
『はい?』
「彼女の突発的な行動について、君は彼女を叱ろうとしているね?」
『それは……はい、当然です。私がマネージャーですので』
「止めておきたまえ」
『えっ、何故、でしょうか』
「先程も言った通り、心の傷を癒すのは難しい。心の傷を癒すためにはまず、誰かが寄り添わねばならない」
『……』
「それが出来るのは、事情を知っている君と、篠枝君とコクウだけだ。彼女が頼りたいと思える人物が、彼女を正面から叱るのは良くない。君は、彼女の隣に居たまえ」
『ですが、今回の事はどうすれば』
「それは私の役目だ」
『えっ?』
「私は赤﨑君のマネージャーではなく経営者だ。私が彼女に寄り添う必要はない。ヘイト程度であれば、喜んで稼ぐのが経営者だ」
『……申し訳、ありません』
「構わん。無論、平常時であれば叱るのも君の仕事だが。……君も、赤﨑君を自宅に送ったらそのまま直帰したまえ。報告は次の出勤の時で良い」
『ありがとうございます……!』
「では、ご苦労だった」
通話を切ろうとした段階で、扉がノックされた。堀宮は表情一つ変えず、入室を許可するのだった。




