死神
「死神ね……逆立ちして出て来りャ吉兆だッたのになァ?残念残念」
笑う緋山の事など気にも留めず、死神の様子を伺う。
禍々しい鎌を携える死神。黒いマントに身を包み、中身は骸骨で、足はない。骸骨のため目はないのだが、はっきりと俺を見据えていた。
「紅咲、君は下がりたまえ」
「で、でも……」
「君を守りながら戦う余裕はない」
「っ……!」
暗に邪魔であると告げる。冷酷な話ではあるかが、死神の戦力は未知数。何が起こるかはわからない。
勝つだけならまだしも、それで紅咲さんがやられては意味がない。彼女を生存させつつ、死神と緋山両方を相手にしなければならない。
こちらは、身を偽ったまま戦わなければならないというのに。頼りになるのはコクウだけだが……。
「お嬢さんは用済みだ、帰ッてくれて構わないぜ?」
「くっ……!」
紅咲は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるが、自分の力が足りない事を理解したのだろう、入り口付近まで退避する。
「あァ、そうそう。俺も帰るわ。もう用事は済んだしなァ」
「いいのか?戦いを見なくても」
「構わねェよ。それに、コイツは俺が従えてるワケじャねェしな。何時ターゲットが俺に移るかわかッたもんじャねェ」
「つまり、体良く残飯処理を任されたという事か」
「ご名答」
緋山は片手を振りながら奥から倉庫を出ようとする。が、扉付近で一度と止まった。
「そうそう。デッドアイはお前らを襲うつもりはないから安心しときな」
「?どういう意味──ッ!?」
死神が動き始めた。鎌を振りかぶり、かなりの速度で振り抜かれた。杖でそれを防ぐ。見た目に依らず、力はそれなりにあるようで、お互い引こうとはしなかった。
「邪魔されたのは俺らのやり方が杜撰だッただけさ。一々逆恨みしてガキを殺しに行く程小物なつもりはねェよ」
「信用出来ないが……なッ!」
鎌を弾き返す。
そのままコクウが鎌に突撃し、死神が仰け反り、その隙に俺は炎の弾を放つ。直撃した死神は、後方に退いた。
「信じなくて良いぜ?俺らには関係ねェからな。じャ、また会おうぜ?マスクさんよ」
「もう宜しくはしたくないな」
「硬いこと言うなッて。俺達は運命の赤い糸で結ばれてんだよ」
「それは美女からなら良かったんだがな!」
振り抜かれる鎌を避ける。
「ハッハッハ、確かにな。……じャあな、あとは頼んだぜ?」
緋山は去っていった。これは好機だろう。俺は杖にエンチャントを掛けて、青い刃を展開した。
「良し、一先ず男は考えなくていい。コイツを倒すぞ、コクウ」
『カァ!』
これで死神に集中出来る。炎を命中させた部位は少し焼けているようにも見える。が、そこまでのダメージはなさそうだ。
「一応骨だし、頭蓋骨砕けりゃなんとかなるかな?」
そう言うと、死神は後方に移動した。
「お?ビビったの……ってワケじゃなさそうだな!」
頭蓋骨を割られたくなかったのかなと一瞬思ったが、そうではないらしい。
死神は鎌先を後ろに構える。すると、赤黒い光を纏わせた。それが危険な物であると、俺の経験が教えてくれる。
「コクウッ!」
『カァッ!』
コクウが俺の前に位置取る。そして俺はコクウにエンチャントを掛けて淡い光を纏わせる。
死神が鎌を振り抜く。鎌から放たれたのは赤黒い斬撃だった。斬撃は弧を描き、俺達へと迫る。
「『烏合の衆』!」
魔力を拡散させる技を撃ち、対抗する。予想通り、斬撃は霧散して消滅した。
「終わらせる」
右手に魔力を纏わせ、地面に付ける。すると俺の目の前に魔法陣が現れ、土の壁が視界を遮った。
足にエンチャントを行い、壁の上に飛び乗る。
下では、俺を見失った死神が壁を切り裂こうとしていた。
「『長頸烏喙』!」
切り裂かれた土の壁が消滅。鎌を振り抜いていた死神の胸部にコクウが弾丸の如き速度で突撃。死神が大きく仰け反る。
「まだまだぁ!」
壁から飛び降り、死神の頭部に手を付ける。
「ぶっ飛べ!」
発勁。
気と魔力を合わせた衝撃が死神の頭部を直撃。
俺は着地しつつ、後方に跳んで様子を見る。
死神は少しの間体を震わせ、その後、頭蓋骨が罅割れ、砕け散る。力を失ったのか、同時に体自体も砕け散り、鎌とマントが地面へと落ちる。
その後、鎌とマントは空色の炎に包まられると、徐々に消滅していき、残ったのはコアのみだった。
「はぁ……ま、何とかなったな」
『カァ』
頭に降り立つコクウの頭を少し撫でつつ、俺はコアを回収し、紅咲さんに歩み寄った。
「篠枝さん……」
「……兎に角、戻ろう。話はそれからだ」
「……うん」
俺は紅咲──及び赤﨑さんに肩を貸しながら、倉庫を出る。
「対象を発見」
「っ!?」
倉庫を出た俺達の前に現れたのは、全身をアーマーのようなスーツで覆い、頭部を中身の見えない真っ黒なヘルメットで包んだ連中だった。幾つか武装もしている。
俺と赤﨑さんに緊張が走る。
「……えぇ、成る程。では彼らは……はい、了解しました」
集団の内の一人が通信を切ると、少し前に出て来た。
「本来であれば、君達に事情聴取せねばならないのだが……そのまま帰せとのお達しが来た」
「……お気遣い感謝しよう」
事情は聞かない、多分上から何らかの圧力があったのだろう。それを出来るのは社長ぐらいだろうと思う。
敷地の出口には車が一台あり、外には井口さんが立っていた。彼女はこちらを見つけると素早く駆け寄って来た。
「エリス!?あなた大丈夫なの!?」
「う、うん……なんとか……」
「浅い傷ばかりです」
「分かったわ。エリスは一度病院に。篠枝君は事務所に戻って。まずは病院に行くわ。……事情は後で聞くから、今は自分の体だけ心配なさい」
「……はい」
暗い面持ちの赤﨑さんをまず車に乗せ、俺達はその場から素早く走り去った。
………………
「あーあ、あんなに早く出て来ちャッてまァ……秒殺かよ」
「死神が弱かったのか、それともあの男、マスクが規格外だったのか」
倉庫の敷地にある別の建物の屋上。そこにはタバコを吹かす緋山アルトともう一人、黒髪の男が立っていた。長めの髪を首元で結い、背中に垂らしている。
腰の後ろ辺りで手を組むその男は、立ち去る鵠とエリスを見詰めているアルトとは逆に、海の向こう側をその鋭い目で見ていた。
「ありャ規格外が正解だな。前情報の重力以外にも炎を使いやがッた」
「ほう、ニ属性とは。世間にバレでもしたら、また話題を掻っ攫うでしょうね」
だが男の表情は全くと言って良い程動かない。
その横顔を見たアルトは、態とらしく深くため息を吐いた。
「お前は何時も何考えてるか分かりャしねェな。もう少し柔らかくならねェのか?もちッと驚いてくれねェと不愉快で仕方ねェ」
「それはどうも。薬物を吸う男の横にいるのは極めて不愉快ですので。良い加減せめて、電子タバコにでも切り替えたらどうです?」
「あァん?誰があんな不味いモン吸うんだよ。俺は美味いから吸ッてんだ、ニコチンを摂取するならやッぱこれだろ」
胸ポケットに入れていたタバコの箱を取り出す。男は溜め息を吐いた。
「やはり理解し難い人間ですね……さて、時間のようです、私は先んじて離脱しましょう」
「あ?先んじて?どういう事だ」
「答えは簡単です──追手の処理は任せます」
そう言って男は建物から飛び降りた。
「おい!?テメ──」
慌てて下を見るが、そこには誰も居なかった。
「──動くなッ!」
「……はァ、成る程ね」
アルトの背後には全身をアーマーのようなスーツで包んだ男達が武器を構えていた。アサルトライフルのような銃を構える者が多い。
「手を上げろ!」
「はいはい」
アルト溜め息を吐きながらタバコを吐き捨てながら振り返り、両手を上げた。男達の一人がアルトの身柄を拘束しようと近付く。
「──悪いな、まだダメだ」
「は──」
アルトの呟きに足を止めた男の全身が、炎に包まれた。
「うわああああァ!?」
「な、なんだ!?」
「おいおい、慌ててる暇ないんじャねェのか?」
突然炎に包まれ、悲鳴を上げる男の様子を見た周りの連中が慌て出す。アルトはそんな姿を見てほくそ笑んだ。
「──ちゃんと、種はあるぜ?」
すると周りの男達も炎に包まれた。
辺りに男達の叫び声が木霊する。だが、その叫び声を聞き届けるのはアルトしかいない。アルトはそんな彼らの姿を見ながら、タバコを一本取り出した。
「じャ、定番のアレな?一度やッてみたかッたんだ」
燃える男にタバコを近づけ、火を点ける。
「冥土の土産に教えてやるよ」
そう言いながら未だに炎に苦しむ男達から少し離れた。
「人体自然発火ッて言ッてな?火種もないのに発火しちまう事を言うんだ。まァ本来はちャァんと発火原因と見られる物があるんだけどな?俺は、それを自在に操れるんだ。向こうのテストで出るかもな?」
笑いながら言う。だが言っている間に、燃える男達の命は尽き果て、燃えながら黒くなり、全員倒れてしまった。
「いやァ、やッぱり炎ッてのは綺麗なもんだな」
男は燃えている死体などに目をくれず、屋上から去っていった。




