カラス、バズる
とある人気ストリーマーの生放送。
コネを利用した、本来三名以上のパーティでなければ入れない高難易度ダンジョンに一人で突入。
その後、転送罠を踏み抜いてしまい、別フロアに転送させられる。
凶悪なモンスターを前に為す術はなく。
死を受け入れようとした時にきたモノ。
弾丸の如き速度の其れはモンスターの体を貫き、一撃で撃破。
人気ストリーマーの危機を救ったこの弾丸は、すぐにネット上で話題となった。
スローモーションで解析してわかったのは、何らかの黒い鳥であるという事。
有志による解析のお陰でそれがカラスである事まで分かった。
突如として現れた謎のカラス。
誰かの使い魔ではないか。
使い魔ならあの階層に人がいる事になる。
それはおかしい。
何故なら、あのダンジョンは未だ10Fまでしか降りられていないからだ。
10Fにあのようなモンスターが居ない事は、当の10F攻略クランのトップが証明している。その上で、あのダンジョンにいるようなモンスターを一撃で倒せる力は、攻略クランにはなかった。
ではあれはモンスターだったのか。
それもない、とは言い切れないが、後日謝罪兼雑談配信を行った当事者である有名ストリーマーは、カラスがアイテムを持ってきてくれたから帰還出来た、と語っていた。
モンスター同士の縄張り争いというのは確かに存在する。しかし、人間に最初から友好的なモンスターはいない。
様々な憶測・推測・妄想がネットのみならず、現実でも盛んに飛び交う事になった。
「だってさ」
焼いたばかりの熱いパンを頬張る。染み込んだバターが非常に美味く口の中に広がっていく。
『カァ』
向かいで牛乳を啄むカラス。
こうして放送されているニュースやネット記事をまるで他人事のように受け取る俺たち。
基本的に目立つ事は嫌いだ。
多数の人間がこちらを見ている——なんて余りにも怖くて仕方ない。昔から外野、裏方の方が好きだった。
それぐらい目立ちたくないのだ。
「しかし人気アドストリーマーねぇ……知ってた?」
『カァ』
それは肯定の意だった。
「マジ?あれ?俺が一番遅れてるの?」
『カァ』
それは肯定の意だった。
「嘘ん……まぁいいもんね。人間なんて皆カラスより知能ないんだし、全然妬ましくなんてないし?」
『カァカァ』
それは嘲笑の意だった。
「ムキィィィ!」
コクウに馬鹿にされたのでムシャクシャしてパンをムシャムシャした。やはり焼きたては美味しい。
「んー……しかしなぁ、切り抜き動画に?GIF
……えぇ、ショートまで出てるし……挙げ句検証動画ぁ?こりゃ迂闊にお前出せなくなったなぁ」
『カァカァ』
首を縦に振る。カラスを連れている冒険者——正直見た事がない。
本来動物はダンジョンに連れて行く事は出来ない。が、使い魔として登録すればその限りではない。
我が使い魔のカラス事コクウは、非常に珍しい育ち方と特異な現象に見舞われたため、特例として認められている。
動物を使い魔登録出来れば連れて行けるが、そもそも動物は使い魔登録から弾かれる。
本来使い魔とはモンスターだけがなれる物なのだから。
だもんで、コクウを肩に乗せてダンジョンに潜ろうものなら秒で特定されるだろう。最近の特定班を舐めてはいけない。
一日過ぎる頃には住居と名前はバレている筈だ。
「細心の注意を払って——」
コクウに言おうとした所で、音を鳴らし始めた端末に遮られる。
「——こりゃ一歩遅かったかね」
最新の通信端末『グノーシス』。小型の端末を耳に掛け、特別なコンタクトレンズを装着する事で自身の目にのみ見える画面を展開出来る。
そのグノーシスが音を出している。それは誰かからの通話であるという事。
グノーシスを装着して画面を開く。誰からの通話か確認するが、通話相手はギルド——冒険者を束ねる組織からだった。
「あんま良い予感はしない、よな?」
コクウは首を傾げた。確かに予想は出来ないが、コクウがバズった件についてである事は間違いないだろう。
一抹の不安を抱えながら恐る恐る通話ボタンを押す。
すると画面が切り替わり、通話相手が映し出された。
『朝早くに失礼致します。こちら、ギルド本部担当、アサギリと申します。篠枝鵠様、でお間違いございませんか?』
画面に映り出されたのは妙齢の女性だった。キリッとした怜悧な顔立ちだが柔らかげな表情を浮かべている。綺麗な人だな——というのが印象だった。
まさかの本部だった。良くて支部の誰かだろうという希望的観測は見事なまでに外れた。一瞬にして冷や汗が浮かぶ。
「……えぇ、間違いありません」
『恐れ入ります。大変申し訳ないのですが、これからお時間を頂戴しても宜しいでしょうか』
「時間、ですか」
『はい。本部長石動が篠枝様とのお話を希望しております』




