始まりは突然に
処女作です、どうぞ宜しくお願いします。暖かくお願いします。湯たんぽぐらいでお願いします。
子供の頃、公園で怪我をしているカラスを見つけた。
一羽は大きなカラスで、もう一羽はかなり小さい雛だ。
ただ、大きなカラスは既に動かず力無く倒れ、雛も血を流している。辺りに大きな石が落ちていて、もしかしたらイタズラで投げた奴がいたのもしれなかった。
昔からニワトリの飼育係などをやっていた事もあり、動物を触る事に抵抗はない。
大きなカラスを両手に乗せ、近くの花壇に埋める。公園の花壇からすれば迷惑な話かもしれないが、当時はそれしか思いつかなかった。
雛は血を流してはいたが軽傷のように見えた。どうしようかと考えた結果、ウチに連れ帰った。
両親はおらず、祖父母の家に住まわせて貰っているのだが、カラスの雛を連れ帰っても一切怒られる事なく、一緒に介抱してくれた。
それから怪我が治り、飛べるまで大きくなったら放そうと思っていたのだが、一度外に飛ばしても夕方には帰ってきて、部屋の窓を叩くのだ。
もうそのカラスからすればここが自宅になっているのだろうと思い、正式に飼う事にしたのだ。
そして今、俺はとある場所にいる。
ダンジョン——世界に唐突に現れた物。
中にはモンスターもいるし、場合によってはダンジョンからモンスターが出てくる事もある。そのせいで一部区域が閉鎖されたりもしている。
そんなダンジョンの中に、俺と一羽のカラス——コクウと共に来ていた。
名前の意味は二つ。黒烏と書いて『こくう』と読み、大空を自由に羽ばたく様を見て『虚空』を掛けたダブルミーニングだ。
コクウは宙を羽ばたきながらゆっくりと俺の肩に留まる。
「何か居たのか?」
聞くと『カァ』とだけ鳴く。どうやらダンジョンの奥に誰かいるらしい。一言だけ鳴いたので、一人のようだが……。
「このダンジョンは原則三人以上でのパーティじゃないと入れないんだけどなぁ……なんだろう」
コクウも首を傾げた。ただ、コクウがこれを態々告げたという事は余り良い状況ではないようだ。
「先導頼むよ」
『カァ』とコクウは鳴き、飛び立つ。俺はコクウの後を追うために素早く足を動かす。
………………
アドストリーマーになって数年。私は高難易度ダンジョンへと意気揚々と足を踏み入れていた。
多分、調子に乗っていたのかもしれない。いや、実際調子に乗っていたのだろう。
加速度的に伸びる再生数とチャンネル登録者数・飛び交う五桁のお金・大物とのコラボや……自宅も新規の高層マンションに切り替え、機材も高級品に一新。
調子に乗らないわけがない。
だからこそ、見誤ってしまったんだ。
自分の実力を。
「はぁ……はぁ……!」
岩陰に身を潜めたまま思考する。
階層は……わからない。
超高難易度ダンジョンに、コネを用い入ってきた。
浅い階層に入ったは良いものの、私の索敵にも引っかからない転送罠を踏んでしまった。
私を攻撃してきた知らないモンスター。
幸か不幸か、配信は続いたまま。
コメントを見ても階層やモンスターを把握出来る内容は無し。
『グルァァァァ!』
「ひっ……!」
近くで雄叫びが上がるのと同時に破壊音と衝撃が響き全身を竦ませる。
恐怖。それがまるで血のように全身を駆け巡っていた。
巨躯のモンスター。まるで猿のような見た目だがその太い手足に機敏な動き。特徴的なのは頭に鋭く複数の先がある禍々しい角である。
見た事も聞いた事もないモンスターだが、分かる事は一つ。
私では絶対に勝てない。それだけは分かる。
「誰か……誰かっ……!」
《無理無理無理》
《階層もわからないモンスターもわからないじゃ誰も居ないフロアじゃ》
《だれでもいいからお金やるからたすけて》(¥50,000)
視聴者も慌てている。だが逆にそれが、私を冷静にさせた。
「ごめんね、皆。突然だけど、ここで私のチャンネルは終わります」
《まてまて待て》(¥50,000)
《早まらないで!》(¥50,000)
《アイテムなんかないのか!》
「もうアイテムもないよ。ふふ、なんか冷静になってきた」
アイテムは使い切ってしまった。帰還用のアイテムも、
『グガァァァア!』
どうやら私の声が聞こえたのか、ヤツはこちらにその凶暴な敵意を向けてきた。ズンズンと一直線に向かってくる。
「でも皆にグロい場面見せられないから、配信切るね」
ヤツがその拳を高らかに振り上げたと同時に、配信終了に手を伸ばした。
『《長頸烏喙》』
「え——」
声が聞こえた。
同時に、黒い弾丸が目の前を通り過ぎた。
何が起きたのかわからない。思考を放棄していたが、猿が拳を振り下ろさない事に気付く。
「何が——」
言い終わる前に、猿は地面に倒れ、粒子となり消滅した。
《は?》
《なにが》
《なんか速いのがとおった?》
訳がわからなかったが、助かったのは確かだった。体から力が抜け、へたり込む。うるさいぐらいに心臓の鼓動が鳴り響く。
《良くわからないが良かった!》(¥10,000)
《生きてたー!》(¥4,800)
《(^^)》(¥600)
《幸運なんてレベルじゃねぇぞ!》(¥2,000)
そこではっとする。私はまだ配信中なのだから。
「ごめん皆、今度雑談配信するから、今回は切るね。皆ありがとう!」
視聴者の反応も見ずに即座に配信終了ボタンを押す。そこで私は漸くひと心地つけたのだった。
(でも、次はここから抜け出さなくちゃいけないなぁ)
そう思いながら立ち上がり、衣服についた土埃を払うと、今度は羽ばたくような音が耳に入った。
顔を上げると、空中には一羽のカラスがいた。
その顔は私の方に向いている。口から紐がぶら下がっていて、どうやら袋を咥えているようだった。
カラスは私が気付いた事を理解しているのか、咥えていた袋をこちらに投げ渡した。
「あ……ありが——」
言い終わる前にカラスは暗闇の中に飛び去っていってしまった。多分、私を助けてくれたのはあのカラス、若しくはカラスを使役している誰かだったのだろう。
投げ渡された袋を開ける。
「これは……!?」
そこに入っていたのはダンジョンから強制的に脱出出来る使い切りのアイテム『帰還の宝珠』
と、ビンに入った液体だった。
その液体に、私は見覚えがあった。
(この透き通るような綺麗な青い液体……知る中では一つしかない……!)
メガクラスポーション——現状確認されている回復薬と呼ばれるアイテムの中で二番目に価値のあるポーションだ。
安くても一本数千万に上る代物で、持っているだけでもステータスと呼ばれるくらいには価値のある物だ。
……これを、飲め、と?
ただ、実際アイテムは軒並み使ってしまったし、体もぼろぼろと言える程。帰還の宝珠もあるけれど、もしかしたら今にも倒れるかもしれない。
会社の人が通報してくれているだろうから誰かは来るだろうけど、私がいるダンジョンに潜るのは相当な実力者でないと無理。
早く出て元気な姿を見せないと色んな人に迷惑をかけてしまう。そもそも今迷惑をかけているわけだし。
「えぇい、ホストの誕生日に一本入れる上客みたいにグビッと行くぞ!」
一思いにポーションを飲み干す。
すると体の芯から温まるような感覚と共に体の傷が全て治ってしまった。
「……マジか」
唖然としながら数千万を一瞬で使い果たした事実から目を背けるように、私は帰還の宝珠を使用した。
………………
「お疲れ様」
『カァカァ』と鳴きながらコクウが右腕に止まる。左手で頭を撫でてやるとそのまま方向転換して背中を向けてきた。背中も撫でろという合図だ。
「全く、甘えん坊だなぁお前は」
言いつつ背中を撫でる。
しかし……。
(一人でここまで来ていた……一応、ドローンが浮いていたから配信者だったのかな?良く一人で潜る許可が取れたな)
呆れながらも関心する。同時に、コクウが倒したモンスターの事を考える。
(ケラピテイス……強靭な角を持つ猿型のモンスター。このフロアで出るようなモンスターではないはずなんだけどなぁ)
こんな浅いフロアでは出ない筈なのだ。
このダンジョンの階層数は未だ不明。現状確認出来る最下層は100F。ケラピテイスは本来70以降に出てくるようなモンスターなのだが、まさかたかが40Fで出て来るとは思わなかった。
『カァ』
「ん?あぁ、そうだな。帰るか」
コクウは再度鳴くと、肩に移動した。
「何食べたい?」
聞くとコクウは『カァカァ』と鳴いた。
「え?鍋?仕方ないなぁ、お前がそこまで言うなら作ってあげ——痛い痛い痛い」
お気に召さなかったのかコクウは俺の頭を嘴で叩いたのだった。