アンダーグラウンド掃討作戦(三百五十二)
長い梯子を降りた先に広がったのは、東京アンダーグラウンドである。暗闇に包まれていて、正直長居はしたくない。
時折『パッ』と明るくなっている所は『戦場』である。だから今日はそこへ近付くのは止めておきたい所だ。
「じゃぁ、行くか」「何処へですか?」「何処へだよ」
何気ない一言にでさえも、実に反抗的な態度の二人。
言葉遣いがちょっとだけ違うので黒田は笑った。しかし、『何処へ』の主語をひたすらに隠しているのは、当の黒田自身である。
この性格は『何とかならないものだろうか』と、黒井は思う。
しかし黒田にしてみれば、それは至極当然のことなのだ。
作戦が何処から漏れるか判らない。危険度を例えるなら、常に『平均台の上』か。いやもっと危険に思える。
ピンと張られた『ロープの上』を、目隠しをして全力疾走しているようなものだ。バランス感覚と慎重な足運びが重要となる。
そんな『運命』を、自分の部下に味合わせたくはない。
だから、万が一『作戦失敗』の暁には、『犠牲者は最小』にするべきだと思っている。犠牲をゼロにするのは無理だ。
「近いから、一人で行けるか?」「『都内』だしな」「うんうん」
まるで『お使い』にでも行けるかと聞いているような、黒田の軽い口調。それに同調する黒井。素敵な笑顔にプラス、明確な方角だ。
それに反して実際の『行先』は見えない。加えて、近いのか遠いのか距離も判らない。見えるのは真暗なアンダーグラウンドだけ。
言われた宮園課長は、一度は指さされた方向へ振り返ったものの、直ぐに黒田に向き直った。キョトンとしている。
イライラしているのか、それとも『何て言ったら良いのか』を思案しているのだろうか。両手を強く振って口をパクパクさせている。
黒田はそんな口元を見て『そうかそうか』と勝手に頷く。
「じゃぁ伝言よろしくなっ。俺達も行くか」「ちょっと待てぇっ!」
今度は黒井と二人で、本当に行ってしまいそうな素振りを見せたではないか。思わず宮園課長が呼び止める。
何処へ行くのかも、何を伝えるのかも判らない。
さっきの『トラックでの会話』は、すっかり忘れてしまっている。
あぁ『琴美とのやりとり』は、後で『好きに改変』するとして。
まだ息が荒いのは『改変結果』を何度も反芻しているから、ではない。それは『夜のお楽しみ』だ。擦り切れるまで妄想してやる。
何しろ『命綱なし』で、『三十一メートルの梯子』を降りて来たばかりなのだ。『早く行け』と黒井に急かされながら。
「何だぁ? 行先判らないのかぁ?」「伝言もなっ!」
黒田と黒井は顔を見合わせた。二人の思いは『民間人じゃ仕方あるまい』であろう。溜息の後に宮園課長を見る。
「行先はレッド・ゼロの誰かだよ。お前『組織図』見ただろう?」
「伝言内容は『フリスビーの使い方』な? こうっ!」
黒田が両手で『四角』を描いたのに続いて、黒井が『ヒュッ』と円盤を放り投げる素振りを見せる。黒田は虚空を目で追う。
「ドッカーン! ってなぁ? お前も見ただろう?」「そうそう」
「いや、判んねぇよっ!」「えーっ!」「判れよぉ」
いや、判んねぇよ。著者にもな。




