アンダーグラウンド掃討作戦(三百五十一)
琴美が着ていたのは『熊の着ぐるみ』だ。ちょっと可愛い奴。頭は流石に邪魔だったので、横っちょに置いてある。
エロいことで有名な宮園課長が、琴美の全身を舐め回すように見つめなかったのはこれが原因だ。
何しろ現役女子大生がミニスカートで、しかもストッキングも無しで柔肌を晒していたのだから。
もし『自由』にさせていたら、一体『どうなっていた』のかは想像に難くない。何しろ踏んでも蹴られても喜んでしまうのだ。
潜水艦を脱出してから男ばかりの現場で作業を強要されていた。
自宅にも帰れず、小豆バーも食えず、終わりの見えない解析と説明を繰り返す。戦場を経験したことのない者にとっては、一種の『地獄』であっただろう。
だから『異性への思い』が、直ちに炸裂してもおかしくはない。全ては『目』が語る。経験豊富な黒田にはそれが判っていたのだ。
「もうちょっと着ておきなさい」「えぇ? 運転し辛いよぉ」
本当はもう脱いでも構わない。宮園課長が居なくなった今は、もう役目を終えたも同義。
しかし、黒田はもう少し『可愛い孫の姿』を見ていたかった。
「それ、一応『防弾』だし、なんだったら歩いて行っても?」
苦笑いで伝えるアドバイス。嘘か本当か判らない。随分と怪しいではないか。これには流石の琴美も首を傾げる。
アンダーグラウンドからこのトラックに移動して来たのも、着ぐるみを着るように言ったのも全て『黒田の指示』だからだ。
「中継局を変更するの?」
目の前にあるパソコンを指さしていた。何処から調達してきたのか知らないが、ありふれたデスクトップだ。これで三台目。
「そうだなぁ。車を放棄するなら、パソコンごとだなぁ」
「それも面倒だねぇ。まぁ、その方が良いなら仕方ないけど」
ハッキングをするのに、安全を考慮して『発信元』を強制変更していた。同じパソコンを使うにしても、IPアドレスは当然のことながら、中継局も念のため変更する。
二台目のノートパソコンは、偽装工作のため『繋ぎっぱなし』で放置してきた。勿論『アジト』からは遠く離れた場所でだ。
「この先の『移動先』は覚えているか?」
黒田が親指で指し示したのを見て、琴美は思わず笑ってしまった。
「いやおじいちゃん、この次は『向う』でしょ?」
全然違う方を指していたのだ。全く。方向音痴か。
琴美は全ての『JPSの座標』を記憶していた。
この先生きのこるためには必要な情報だ。それ位当然である。現役女子大生を『舐めるな』と言いたい。物理的にも、精神的にも。
「試したんだよ」「本当ぉ? 怪しいなぁ」「本当だよぉ」
二人は指を指し合って笑う。すると琴美が言い返す。
「私が読み上げた『アドレス』も、ちゃんと覚えてるぅ?」
「あ、当たり前だよぉ。ちゃんと覚えてるよぉ」「ホントかなぁ?」
黒田に聞かれたから教えたのに。ハッキングに使用した『中継局のIPアドレス』だ。何に使うのかは知らないが。
「じゃぁ、順番に言ってみてよぉ」「さぁて。そろそろ行くかっ!」




