アンダーグラウンド掃討作戦(三百五十)
「まぁ『ドライブ』に入れて、アクセル踏めば動くから」
雑な説明だ。しかし琴美の表情は晴れない。
「そうだけどさぁ。クラッチは何処に行っちゃったのぉ?」
「いや、オートマだからね? クラッチは元から無いんだよぉ?」
優しく説諭するも、やっぱり琴美は浮かない表情だ。
「じゃぁ『左足』は、暇してて良い感じ?」
「そそ。楽でしょぉ?」「うーん……」
考え込んでしまった。そのまま下を向く。
左足を見つめながら、『ペダルの位置』をシミュレートしているのだろうか。右足を内側に捻り、踵でアクセルを踏みながらつま先でブレーキを操作。左足は……。『お休み』か。で、ギアチェンジ。
「うーん。じゃぁブレーキは『左足』でも良いのぉ?」
「別にいつも通り『右足』で良いんじゃないかなぁ?」
一体、何の議論なのか。黒田には詳しいことは判らない。
父の『RXー8』で、今まで何をして来たのか。ちゃんと『ガソリン代』『高速代』『タイヤ代』は負担しているのだろうか。
ぶつけたら十万単位の『板金代』は、覚悟しているのだろうか。
「でもさぁ『サイドブレーキ』は、何処に行ってしまったの?」
「それかぁ……。だよなぁ……」
黒田がみるみる内に渋い顔となって、仕舞には首を振る。
可愛い孫には言い難いのかもしれないが、安全のためには言わざるを得ない。溜息をついて、覚悟を決めたようだ。
「実は、じいちゃんも判らん」「えぇっ? 嘘っ!」
琴美の驚きももっともだ。祖父が『判らない』なんて言葉を使うなんて、思ってもいなかったのだ。
「きっとメーカーも、付け忘れたんだろ?」「そんなことあるぅ?」
首を傾げると両手を広げて『だよなぁ』と同意の姿勢を示す。
口をへの字にすると、下唇まで前に押し出して『困ったねぇ』を表現してみせた。しかし『無いものは無い』のだ。
「大丈夫だ」「いや、何処がよ」「良いの用意したから」「何?」
ニッコリ笑ったと思ったら振り返り、運転席の方へ歩き出す。
そこで腰を曲げると、床に置いてあった『物』を取り上げた。
「坂道で車を停めたら『コレ』置いときぃ。なぁ? 良いだろう?」
木で出来た三角の物体。どう見ても『車止め』である。持ち運びし易いように、ご丁寧に『紐』まで付いているではないか。
琴美は苦笑いになって、おでこを『パチン』と叩く。
「おじいちゃん、それはダメだよぉ」
「そうなのかぁ? おじいちゃん『お手製』だぞぉ?」
「いや、そういう問題じゃないから」「えぇぇ?」
今度は琴美が両手を上に上げる番だ。黒田にはやっぱり判らん。
琴美は『走行中』に使いたかった。より速く安全な走りのために。だから『車止め』では役に立たないのは明白だ。
黒田は首を傾げながらも『ココに置いとく』と元に戻した。
「所でおじいちゃん」「何だい孫よ」
今度は何だろうと思って黒田は振り返る。琴美は困った顔だ。
「この『着ぐるみ』は、いつまで着ていないといけないの?」




