アンダーグラウンド掃討作戦(三百四十三)
まるで『お目付け役』かよ。ファイルを保存する間の僅かな時間に、牧夫は恨めしそうに天井を見上げた。
抜け目のない高田部長のことだ。『人工知能三号機』には、そんな役目もあるのだろう。常日頃より、『判らんちん』なやり取りをしているだけのことはある。
しかし、さっきから『何か』がおかしい。
アンダーグラウンドは言わば閉鎖空間なので『風』が吹かない。さっきの『無風』と表現したのは正にそれである。
本来大勢で共用する通信回線やコンピューターを、独占して使用している状態のことを『無風』と表現することもある。
今は、その『無風状態』であるはずなのだが、何か重いのだ。
この『重い』の表現も独特で、『思い思いの想い』や『重いの重いの飛んで行け』とは、似て非なる言い回し。
コンピューターに指示を出してから、結果が帰って来るまでの時間が『思ったより遅い』ことを『重い』と表現する。
NJSが秘密裏に用意した通信回線は、決して『高速』ではない。
だから『動画』なんて撮影した暁には、それなりの秒数が掛かるであろうことは理解出来る。しかし『何か』が重い。理由は不明だ。
もし『異常事態』であれば、それこそ人工知能三号機が警告を発するだろうし、対策も講じてくれるはず。
それが『牧夫をからかっているだけ』なのだから、異常は見当たらないのだろう。納得するしかない。
「まぁ、『ちょっとの差』だしなぁ」
小さく呟く。違和感を感じるのは『高速でパーンした瞬間』とか、撮影した動画を『保存しいやと指示した瞬間』なのだ。
ちょっと前に『自社費用による実機試験』を実施したときは、そうでも無かった気もするのだが。如何せん『数値として比較出来ない』以上、覚えていないのと一緒だ。ブブーである。
「あぁあ。宮ちゃん帰って来ないかなぁ」
ポツリと言ってから、チラっと天井を見る。大丈夫。反応はない。
後輩の宮園課長は、何をやったか知らないが『除名』になってしまっている。だから『通常の呼び方』で言ったのだ。
牧夫にしてみれば、『宮ちゃんの裏切り』なんて可愛いもんだ。言わば日常茶飯事だった。
ブラックコーヒーを買って来てくれとお願いすれば、買って来るのは決まってマックスコーヒー。お茶と注文すれば『茶葉』である。
勿論『お持ち帰り』するしかない。ていうか、会社の購買に『玉露』なんて高級茶葉がある時点で、何かがおかしいのだが。
高田課長から任された仕事を二人で半分にすれば、翌日には何だかんだ言って残りの半分も押し付けて来る。
それでも『居ないよりはマシ』だと思えるのは『人徳』だろうか。 かなり贔屓目に見て。いや、物凄く贔屓目に見て。
牧夫は溜息交じりに、次のチェックリストを眺める。
「この辺、宮ちゃんが作った奴じゃぁん……。チッ、めんどくせっ」
思わず零れ出る本音。舌打ちもやや大きめに。それこそ『作った本人』にテストをやらせた方が効率が良い。
ホント『何をしたんだか』知らないが、フィギュアの一つでも買ってやるから『お前がやれよ』と言ってやりたいのであった。




