アンダーグラウンド掃討作戦(三百三十八)
敵が保有する『唯一の武器』が喪失。千絵の目には、怯える赤上の姿しか映っていない。
後はナイフでサクッとやれば終わりだ。ニヤリと笑いながら近付く。ピョンと机を一列前にジャンプ。
ヒールが滑って一瞬『グラッ』としたが、転倒だけは免れて何とか耐えてみせた。『ホッ』とした表情も抑え、にやけたままの表情で赤上を睨み続ける。
報告書には、机上で『タタンタンッ!』とタップを踏んだと書いて置けばおけば問題ない。曲名までは聞かれないだろう。
気分は正に『黒豹』違う。『黒豹』あれ違う。『黒豹』一旦コレ。
黒猫のようにしなやかで確かな歩み。そして、追い詰めた獲物を狙う目付き。『ニャーゴ』と舌なめずり。
千絵は『黒豹の実物』を見たことがなかった。
だからイメージとして『黒猫』で代用していたとしても、止むを得ないだろう。他の隊員も殆どがそうしている。
だから赤上を前にして『ペロリ』とナイフを舐めたとしても、それは『黒猫の狩り』を再現したものに他ならない。
舌先に『ピリッ』としたものを感じて、千絵は思い出す。
昨日、三時間掛けて『猛毒』をナイフに塗っていたことを。しかし千絵は笑っていた。笑い続けていた。
どうやら左右を間違えてしまったらしいが、『こんなこともあろう』かと思い、反対側には『解毒剤』が塗ってあるのだ。
それを直ぐに舐めれば問題ない。流石『私』だ。
毒の効果で頬の筋肉が緩んでいる。もう直ぐ涎も垂れるだろう。
あたかも『笑っている』ように見えるのが、『ワライタケ』の正体である。決して『ゲラゲラ』と笑い続けて死ぬ訳ではない。
千絵は赤上を睨みながら『ダラーッ』と舌を出し、もう片方のナイフを舐める。舐めようとした。舐められない?
パッと下を見たが、ナイフの『刃』が無いではないか。
不覚。いつの間に折られてしまったのか判らない。口からブクブクと泡が出て来て、膝がガクガクと揺れ始める。
目の前が暗くなってきているが、それでも赤上からは目を逸らさない。意識だけは強く持って……。
「千絵どうしたのっ! しっかりしてっ!」
朱美の叫び声。しかし千絵には届かない。
机の上から崩れ落ち、そのまま床まで落ちてしまったのだ。その瞬間、朱美と赤上による『ナイフ争奪戦』が始まった。
当然、赤上には判っていた。どちらのナイフが『危険か』が。
ナイフを舐めた瞬間顔が青くなって、『このお姉ちゃん、馬鹿だ』と思う反面、そんな毒を準備できたことに驚く。
あのナイフでちょっとでも切られていたら、今頃倒れていたのは自分であると言うことも。恐ろしい世の中だ。
それはそれとして『ナイフ争奪戦』については、俄然赤上が有利である。何せ赤上は『殺され掛かっていた』のだ。距離が近い。
しかし赤上が『ナイフを手にする』ことはなかった。突然床面が黒くなり、体が『ストン』と落ちる感覚に、襲われていたからだ。




