アンダーグラウンド掃討作戦(三百三十七)
振り被った左右のナイフを、手榴弾に向けて勢い良く振り下ろす。
その瞬間、確かな『手応え』を感じて千絵はほくそ笑む。
昨日、三時間掛けて研いだ甲斐があったものだ。後はクルリと着地した後、『フッ』と息を吐き格好良く『ポーズ』を決めるのみ。
首を左から右へと見得を切り、自慢のサラサラヘアーを見せびらかすのも良いだろう。イメージは膨らむばかりだ。
千絵が思い描いた通りに、二つの物体が放物線を描いていた。一つは勿論『手榴弾』である。
ナイフによって角度と回転が変化し、怯える富沢部長と朱美からは遠ざかっていた。
それがクリスマスツリーに当たって跳ね返り、スポンとこいのぼりの口から入る。見開かれた目を見るに、『餌』にしてはちょっと重たかったのだろう。腹がズドンと落ちて行く。
『ドッガーン!』『パラパラァ』『キャーッ!』『キャーッ!』
誰もが振り向く。そりゃぁ会社の中で手榴弾が爆発すれば、驚きもするだろう。一瞬白い煙が舞い上がったと思ったら、何かの残骸がパラパラと落ちて来る。
竹の枝と短冊。斜めに切った太い竹に『バグ退散』の文字も見える。そこを、文字通り『流れ星』がピューッと突き抜けて行く。
あれはきっと、クリスマスツリーの先端にあった奴だ。
バラバラに飛び散っているピンク色の物体は、『千歳飴』に違いない。このまま放置すれば、床がベトベトになってしまうだろう。
それにしても、いつからだろうか。
ひな祭りに『千歳飴』を買って帰ったら、『これじゃない!』と言われるようになってしまったのは。愛娘よ。そんなことを言って、じゃぁ一体『何』を買えば良いのか。パパは問いたいぞ。
人気が無くて、仕方なくこれも『クリスマスツリー』に飾ってあった。寂しいかな。『親の心子知らず』である。
首だけになってしまい、最早何に使ったのかさえ判らない『カボチャのお化け』も転がって来て、中からは消えたロウソクが。
無残に引き裂かれた『こいのぼり』が、フワリフワリと舞い降りる。見れば足元には『矢車』がコロコロと軽やかに転がって来たと思ったら、最後にポテンと倒れた。何だか哀愁が漂うではないか。
ぜーんぶ本部長が買って来て、飾り付けた代物だ。
家の押し入れから追い出されてしまった『品々』なのであるが。
今まで『薄荷乃部屋の描写』に於いて、『そんな物は登場しなかった』と文句を垂れるのは簡単だ。
しかし考えてみて欲しい。そんな物らが部屋の片隅にあったとして、一体誰が触れるだろうか。映像だったら『チェスをしている背景』にでも映り込んでいたかもしれないが、これは小説である。
赤上だけは飛び散って行く『日本の情景』から目を逸らしていた。
溜まりに溜まった『四季折々』が。皆で協力した『飾り付け』が。全て吹き飛ばしてしまった『自責の念』に駆られているのだろうか。
そうではない。確かに『剛速球がフェンス直撃』になったことはショックだ。しかしそれよりも何よりも、自分の目の前に『ナイフ』が飛んで来て突き刺さり、今も『ビィィン』と揺れている方が驚く。
その先にドヤ顔の千絵が着地して『ポーズ』を決めた。




