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アンダーグラウンド(十二)

 黒井が驚いて発した言葉を、驚きもせず、むしろ冷静に聞いている。しかし、『ズズズ』と響くのは涙と一緒に漏れ出た鼻水ではなく、豚汁を啜る音だ。


 黒沢は黒井の肩を叩き終わった後、茶碗の手前側に大根が一枚、くっ付いているのが見えて、それを箸で摘まんで食べる。

 そして、お腹いっぱいになったのか、まだ、若干残っている鍋を眺めつつ、箸を置いた。


「この世界にはね、結構多くの人がさ、何かの弾みで、飛んで来るのさ。まぁ、大体は慣れちゃって、元いた世界だと思って馴染んじゃうんだろうけど」

 まだ豚汁を啜る黒井に話しかけた。黒井は、人参を飲み込んでから、それに答える。

「慣れるもんなんですかぁねぇ?」

 聞かれた黒沢は苦笑いだ。


「まぁ、日本国からの人は、なかなか慣れないみたいだけどさっ」

 そう言って黒沢は、天井を指さした。うん。驚きしかない。黒田も黒松も頷き、笑っている。


「俺は、元々、大日本帝国からココだったからさぁ。直ぐだったよ」

「あんたは、ホント! 慣れるのだけは早かったよねぇ!」

 黒松の発言に、直ぐに黒沢が答える。余程面白い思い出だったのか、腹を抱えて笑っている。


「私の他にも、日本国からの人がいるんですか?」

 箸休めに黒井が聞いた。黒松を見て笑っていた黒沢が振り向き、黒井に答える。


「いるいる。でもまぁ、時間軸が離れているからかなぁ」

 そこで考え始める。どうやら、数は少ないのだろうか。

「そうだねぇ。やっぱり大日本帝国からの人が、多いよねぇ」

 年寄にしては大食いな黒田が、四杯目に向かいながら言う。それを聞いた黒松が、ズズズとやりながら答える。


「八対一ぐらいかなぁ」

「いや、もうちょっと、いるよ」

 ん? と思った黒井を余所に、黒田が突っ込む。鍋をかき混ぜている。黒松は「全部取られないよなぁ」と思っているのが丸判り。


「じゃぁ、九対一かなぁ」

 上の空で訂正した。黒沢が呆れて突っ込む。

「どっち増やしてんだよ。馬鹿だねぇ」

 椅子にもたれかかった。黒松は驚いて、黒沢を見る。


「え? じゃぁ九対二?」

 目を合わせ、真顔で答える黒松。黒沢は「ハァ」と息を吐いてから、手を振って前のめりに戻って来る。

「もう良いよ。おくろまつはちょっと黙ってろ!」

 睨み付けた。黒松は黙る。そして鍋に向かった。


「だって、『ガリソン』も、知らなかったんでしょ?」

 黒沢が気の毒そうに聞く。黒井は頷いた。

「はい。あれは驚きました。『誤植』の看板が見えた時は、一瞬、受け狙いかと、思ったんですけど」

 黒井が言う。そして黒田を見た。見られた黒田は笑う。

「お前、そんな風に思っていたの?」

 聞かれた黒井も、笑顔になって答える。


「思ってましたよ。でもなんか、アチコチみんな『ガリソン』で、思わず、給油中の黒田さんに、聞いたんですよぉ」

 そう言いながら黒沢の顔を見て、黒田の方を指さした。

「そうなんだ。成程ねぇ」

 黒松は納得して頷く。そして、しみじみと言葉を続ける。


「やっぱり『ガリソン』知らないのは、大体『日本国』ってのは、合ってるんだねぇ」

 やはり気の毒そうに黒井を見つめる。


「ガリソンがないのって、そんなに不幸なんですか?」

 黒井が、憐みの表情の黒沢に聞く。黒沢は「自覚もないのか」と思いながら、ゆっくり説明する。


「だって、資源がないから、外国へ獲りに行っちゃったんだろ?」

 思い出しなさいとでも、言わんばかりだ。黒田が大きく頷く。

「そんでもって、禁輸になったんだって?」

 黒田が補足で聞く。


「え、ええ、アメリカが資産凍結して、原油の輸出を止めました」

 黒井だって、それ位の歴史は知っている。自分の生まれるより、だいぶ前のことではあるが。


「ありえないよねぇ」

 黒松が、歯に引っかかったゴボウでも取っているのか、口をもごもごしながら意見した。どうやらこの世界でも、日本国の歴史について、みんな知っているらしい。


「で、戦争になっちゃったんでしょ?」

 黒沢の質問に、頷いて答えているのは、黒田と黒松だ。思わず苦笑いして、黒井も答える。

「はい。そうですね」

 黒井は、もうちょっと詳しく知っているが、その話は止めた。


「それで、核戦争になっちゃったんでしょ?」

 ゴボウが取れたのだろう。黒松が聞く。また頷いているのは、黒沢と黒田である。黒井は「え?」と思う。


「怖いよなぁ」

 黒田が呟いた。そして首を横に振る。


「世も末だねぇ」

 黒沢も頷いていた首を、横に振る。


 黒井は思う。

 原爆を落とされたのも、核戦争と言うのだろうか。

 いや、言うの、だろう? 言わなきゃおかしい? よね? あれ?

 核戦争の定義って何? イメージ?


 空になった鍋を囲んで、四人は首を横に振るばかりだ。

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