アンダーグラウンド(十一)
黒沢の作った豚汁を、拠点の四人が食べている。熱々の料理は、それだけで、このアンダーグラウンドでは特別だ。
何しろ、陽の当たらない世界。お天道様の恵みがないのだ。いつだって冷え冷え。
それに、新鮮な食糧、奇麗な水、燃料だって十分ではない。人が生活して行くには、空気を含め、全てが事足りない。
では、どうしてそんな暮らしをしているのか。
理由は簡単だ。それは、行く場所がないだけ。それだけだ。
「昔はさぁ、周り近所が人工地盤になってもさぁ、
『うちのブロックだけは、上にはあがらねぇ』って、さぁ、
皆、言っていたんだけどさぁ」
そう言って黒沢が黙る。
話の途中に箸で掴んだものが『餅』だったからだ。豚汁の中で味噌味になったそれを、ビヨーンと伸ばしている。
その間、口を挟む者はいない。頷いて聞いているだけだ。
餅入りの豚汁なんて、まるで盆と正月が、同時に来たようなごちそうだ。それが目の前に、熱々で、鍋一杯ある。
黒松なんて、肉と餅を同時に口に入れ、今それを堪能している所だ。で、味噌味を追加して、惜しまれつつ飲み込む。いや、餅ののど越しを楽しんでいる。
「段々と『頑固親父』が死んじまってからさぁ、
だらしない二世、三世がさ、どんどん上に行っちまってさぁ」
そう言って、『ズズズ』と味噌味を堪能する。
その後の説明を、黒沢は省略した。
それでも、ごちそうを寂しそうに啜る黒沢の表情を読み解けば、何が起きたのかは判る。
結局残されたのは、弱い人間だけ。住居ごと上を閉鎖され、水道もガスも、電気さえ止められたのだ。
「それで、こんなことになっているんですかぁ」
黒井が手を伸ばし、お代わりの豚汁をよそう。餅は一人二個と釘を刺されているので、餅は避ける。だが、肉多目を狙う。
「あんた、いっぱい食べなぁ。まだ、慣れていないんだろう?」
黒沢が黒井に笑顔で声をかける。話しを聞けば、黒井は結構良い奴で、少なくとも『バカ3』ではなかった。
「ありがとうございます」
黒井もペコリと頭を下げるが、遠慮はしない。
「へぇ。いつ頃、こっちに来たんですか? ズズッ。アァー」
豚汁を啜りながら、黒松が聞く。
「先月です」
お代わりをよそい終わった黒井が、よいしょっと座りながら答えた。目を細めて豚汁を見つめ、先ずはズズズっとやり始める。
「大変だったんだねぇ」
黒田がそんなことを言っているが、箸を持ち、豚汁を啜りながら、黒井はギッと睨み付ける。悪戯を仕掛けたのは、誰だ!
「何処から来たんですか?」
今度は、黒松がお代わりをよそう。二個目の餅を探している。
「日本国からです」
そう黒井が言うと、三人の顔が曇った。黒松の手も止まる。
「あらー」
外れくじでも引いてしまったように、黒沢がのけ反る。
「それはそれは」
餅を見つけた黒松が、餅を確保して、よいしょっと座る。
「生き残りだぁ」
歴戦の猛者である黒田が、黒井を見て感心し、うんうんと頷く。
三人とも、憐みの目で黒井を見つめる。
そして、元気付けるように頷く。黒沢は茶碗と箸を置き、「よかったねぇ」とでも言いたげに、黒井の肩をポンポンと叩き始めた。
まるで地獄から、天国に招待したかのようだ。
「大日本帝国へようこそ」
涙目の黒沢に、暖かく迎えられる。黒井は驚いて頷いた。
「まぁ、同じ日本人同士だ。仲良くやろう」
黒松からの提案に、黒井も賛成する。やはり頷いた。
「元気出してこ。こっちは、まだ核戦争には、なってないからさっ」
黒田、お前は別だ。黒井は黒田を睨み付けた。
が、パッと、表情が変わる。
「え? 核戦争?」




