アンダーグラウンド(十)
突然、トラックホームの奥にあるドアが開く。『ドン!』と大きな音がしたので、ちょっと強い力で開けたみたいだ。
足でも使ったのだろうか。
「あんた達ー、ご飯だよー」
正解。振り上げた足を降ろし、両手で鍋を持って現れたのだ。
鍋が熱いのか、乗せられている歪んだ蓋との隙間から、湯気が噴き出している。出来立ての料理が入っているのだろう。
だから、左手で鍋掴みを使っているのだが、右手も何故か鍋に添えている。右手は、熱くないのだろうか?
しかし、ごつごつとした、年季の入った手ではある。
鍋を見ながらドアから出て来て、いつもの反応がない。ふと顔を上げる。そこで、不思議な光景を目にした。
しかし呆れて、声のトーンが下がる。
「何やってるんだい?」
ご飯だと言うのに、ダンボールを散らかして、それを片付けもせず、自動警備一五型の前で、仲良く突っ立っている馬鹿三人。
黒田(バカ1)と黒松(バカ2)だけでも大変なのに、黒○(どうせバカ3)が増えたのか。
溜息しか出ない。そんな様子に黒松が気が付いた。
「おばちゃーん! 黒田さんの相棒ー」
そう言って、黒井を指さした。名前も言おうとしたが、判らない。いけねぇ。もう忘れてしまったのか。
「黒井君ねぇ」
「そうそう」
黒田が黒井を指さして紹介すると、黒松もそれに乗って頷いた。しかし黒井は、早く自動警備一五型を止めて欲しい! それだけだ。
「お・座・りぃ!」
怒号が響く。その途端、自動警備一五型の両目がプッツン消灯し、全体があっという間に折り畳まれる。たちまち運搬に適した形となり、小さくなった。
理由は不明だが、何と言う機体だ。
黒井はホッとして、手を降ろす。生き延びた。
「あ・ん・た・達・も・だ・よ!」
再び怒号が響く。今度は散らばったダンボールが、勢いで飛んですっ飛んで行く。怒号だけでなく、風圧も凄かった。
いや、それは比喩だけど。
言われた黒田(バカ1)、黒松(バカ2)、黒井(バカ3)は、笑顔から真顔になって、シュっとその場に座る。
黒田と黒松は正座、黒井は膝立座りとなった。
そんな黒井(バカ3)を見て、黒田(バカ1)と黒松(バカ2)は、驚きの表情を見せる。勇気あるなぁ!
そんなことを思われて仕方ない。黒井(バカ3)は、まだ黒沢の恐ろしさを、知らないのだから。
「何処に座ってんだよ! こっちだよ!」
またまた怒号が響く。馬鹿三人は、パッと明るい笑顔になり、怒られずに済んだと思って立ち上がる。
今日はラッキーデーだ。
「料理が冷めたら、あんた達も、冷たくしてやろうか!」
すいません。怒られていたんでした。全然普通でした。
今にも鍋をぶちまけそうである。ピョンとトラックステーションに飛び乗って、横に片づけてあるテーブルを出し、椅子も出す。
黒田が、黒沢が座る椅子の埃を丁寧に落としている。そしてそれを差し出した。
「先ずは鍋敷きだろっ! 見て判んないのかい!」
確かに、さっきから鍋を持って経っているのだ。
普段なら、ドアが開いてから十五秒で食事の支度が終わるのに、もう四十秒も経過しているではないか! このノロマ!
奥に飛んで行って、布巾と箸と茶碗を取りに行った黒松に、黒田が声をかける。
「おーい、鍋敷きもだってー」
丁度左手に茶碗四つと、右手に布巾と箸一掴みを持った所だった黒井は、その声に気が付いて、台所に戻って行く。
「何でも良いんだよ!」
イライラした黒沢の、呆れ声が響く。そこへ黒井がシュっとダンボールを出した。黒沢が頷く。
「あんた、ちょっとは気が利くみたいだね」
そう言って、鍋敷き代わりのダンボールに鍋を置いた。多少のガタつきは、ギュッと押してしまえば安定する。そうして肩が楽になったのか、今更熱かった風に右手を振ると、右肩をグリグリと回す。
やれやれだ。まったく。
そこへ、鍋敷きだけを持った黒松(バカ2)が現れた。いつも遅いんだよ。
しかし黒松(バカ2)は、既に着地した鍋を見て、ポカンとしているではないか。
「箸と茶碗は、どうしたんだい!」
そう言われて黒松(バカ2)は、嘘つき黒田の方を睨み付ける。そして行き場のなくなった鍋敷きを、ポンと鍋の蓋の上に置く。
「馬鹿(バカ2)! 何やってるんだい! ぶっ飛ばすよ?」
具体的に怒られた黒松(バカ2)は、殴られてもいないのに、台所へ飛んで行った。
「まったく。こんなに散らかして!」
そう言って睨んだのは、当然、黒田(バカ1)である。
「さっさと食べて、片付けるんだよ!」
「はい!」
黒井(バカ3)は、黒沢に睨み付けられて、とても逆らえなかった。




