アンダーグラウンド掃討作戦(三百六)
スクリーンに映る地図と睨めっこしながら、大佐が喚いている。
それもそうだろう。戦闘中に全ての部下と、連絡が一切取れなくなったのだから。このままでは『部隊の全滅』も有り得る。
全滅と一概に言うが、それは『全員が死ぬ』という意味ではない。
戦争で言う所の『全滅』とは、『組織的な戦闘が不可能になったこと』を意味するって、亡くなった爺さんが言ってた。酒を飲み、真っ赤になった顔で言うものだから、大分怪しい話なのだが。
ご先祖様の言い伝えと言うのも有難いもので、戦国時代のご先祖様が言うには三割。爺さんは五割が目安なのだそう。成程。時代か。
いや、それを一升瓶に入っている『日本酒の量』で言われても、イマイチ説得力に欠ける。『全部飲んだ』とは『酒瓶が空になったこと』を表現しており、決して『全滅』とは言わぬ。喧嘩は止めれ。
取り敢えず明日は墓参りにでも、何? 酒? 持って行かぬ!
「このままでは全滅だぞ」「はいっ!」「本当に判っているのか!」
千絵は黙って頷いた。戦場の誰からも応答がない。
しかし、判っていないのは大佐である。『全滅の定義』によると、『組織的な戦闘が不可能になった』今、既に全滅していると言える。
つまり発言を撤回しなければならない。ハンカチで目頭を押さえる千絵に、先ずは謝罪の言葉を浴びせるのが先だろう。
高田部長は、そんな大佐を尻目に薄笑いを浮かべていた。自分が開発した兵器が目の前で『大ピンチ』なのにだ。
スッと席を離れて向かったのは、もちろん黒電話。『ホットライン』である。そこで今度はメニューも見ずに受話器を上げた。
『ちょっとぉ、第一中継所が飛んだの見たでしょう?』
「見てた見てた。何が起きたんだか知らんけど、笑えるなぁ」
先に言われてしまった。『笑える』と同意を求めた割に、高田部長の口はへの字である。
どうやら『出前の小芝居』は不要らしい。牧夫は左肩に受話器を乗せてキーボードを叩いているのだろう。何か煩い。
しかし高田部長がメニューを見なかったのは、この展開が『予測できたから』に違いない。目を見れば判る。
優秀な技術者たるもの、あらゆる事態について予測することは容易だ。絡み合う複数の事象から『僅かな隙間』を抜けて落ちて来るバグでさえもすくい上げる。それが『技術者』と言われる者達だ。
『SCLの千二百十五と同じっすよぉ』
「あぁそれそれ。あと二千二百から三百までもな」『そっちもぉ?』
「当たり前だ。パパっとやっちまえ。パパっとな」
『そう言いますけどぉ。こっちは一人なんですからぁ』
「だから何だ。時計は止められても、時間は止められないんだ!」
『何、当たり前のこと言ってるんですかぁ。じゃぁ閏月下さい』
「無給な。良いからNJSのアンテナでやれ。出来んだろ?」
『えーそりゃ出来ますけど、でも、手は二本しかないんですからぁ』
「指は十本あるだろぉ。お前、のんびり徹夜すれば何て思うなよ?」
『気軽に言うぅ。もぉ、お願いですから、誰か回して下さいよぉ』
「駄目ぇ。こっちは皆『顧客対応』で忙しいんだから」『えぇ、j』
高田部長は受話器を置く。『チン』の音が無情だ。
それでも『流石俺』と満足げに頷く辺りが『上司の見本』とも言える。優秀な部下を持つと、上司は楽が出来ると言うものだ。




