アンダーグラウンド掃討作戦(二百七十六)
「誰だっ!」
返事がない。約束の時間まで、あと二時間もあるのに。
外はあちらこちらで戦闘中だ。だから、遅れるならまだしも、早く来ることなんて、あり得るのだろうか?
無線男の方が受信機を放り投げ、拳銃を手にしていた。
一方、酒瓶男の方はゆっくりとドアの前へ。無線男の方に目配せして、『ドアを開けたら撃て』の合図か。
アイコンタクトが通じ頷いて銃を構える。両手でしっかりと持ち。
『開けろっ!』『OK!』
顎で指示して通じた。撃鉄は引いてある。いつでも発砲可能だ。
『コツン、コツン』「誰だっ!」
やはり返事がない。しかし、ドアを開けるのは中止する。
二人共『異変』に気が付いていた。ドアを開けても無意味。『ノックはドアからじゃない』という事実だ。
首を横に振りながら、ドア前から窓辺へとそっと移動する。
無線男の方が遅れませながら、机に広げていた地図を『ガサガサッ』と音を立てながら引き寄せ、LEDランタンに被せた。
聞き耳を立てていた酒瓶男が『うるせぇ』と振り返ったが、暗くなった室内に『なるほど』と納得し、気が済んだようだ。
二人の思いは一つ。『ここは三階だぞ?』である。
窓から侵入して来るとは考え辛い。だとしたらその辺の石を拾って、窓に当てているのだろう。
さっきから響く『コツン』は、ガラスの代わりに打ち付けられている『板切れ』が鳴っている。ドアも板切れだから勘違いか。
すると突然『ドンッ!』と、今度は巨石が勢い良く当たる音が!
そして、板切れの間から外を覗き見ようとしていた酒瓶男が、腰を抜かしたようにひっくり返った。
「うわぁぁっ!」「何だっ!」『バァァン!』
窓から『黒い物体』が飛び込んで来たからだ。二人が発した叫び声と、思わず無線男が放った銃声が重なる。
全ては銃声で掻き消されたことだろう。続けてもう一発。
しかし今度の銃声は、より激しい爆発音で掻き消された。
『ドゴォォォォン!』「うわ、やっべぇ。意外とデカい音だなぁ」
廃ビルの三階に、惜しげもなく調和型無人飛行体を突っ込ませた奴がいる。大爆発を起こして、当然全損だ。
「見て下さい少尉殿! 敵のアジトをフッ飛ばしてやりましたよ!」
嬉しそうに焼け焦げた三階を指さしたのは、きよピコである。
そこへ別の場所を探索していた山岸少尉と、音を聞きつけて慌てて飛んで来た田中軍曹が追い付いた。揃って見上げている。
「おぉ、やったなぁ。でかしたぞぉっ!」「えっへん♪」
意気揚々と報告する姿は、少し離れた所で探索を続けるたなっちにも見えていた。思わず舌打ちして、手元の端末を操作する。
きっと『ライバル心』を、くすぐるものがあったのだろう。更に追加して調和型無人飛行体の飛行を開始した。
電池の消耗を加味して、ちょっと抑えていたのが悔やまれる。
だが、果たして突っ込ませたことに『意味があるのか』は、怪しい所だ。本人はそんなことを、気にもしていないようだが。
きっと『新型の花火』程度の認識なのだろう。困ったものだ。
「少尉、この廃墟は『拠点』なのでしょうか? 情報はありません」
田中軍曹が山岸少尉に確認しても、『さぁ』と首を傾げるだけだ。
何故なら『山岸別動隊』は、作戦区域外を爆走している最中なのだから。今は、何人たりとも止められない。
明かりが点いていても、そこが『レッド・ゼロの拠点』とは限らない。が、逆も然り。もしも『拠点』だとしたら、お手柄だ。
万が一『只の地下住居』かもしれないのだが、そもそも『こんな所に住んでいる輩』が、『只の一般人』とは言い難い。
「さぁ、しらねぇ」
山岸少尉の冷徹とも言える返事に、田中軍曹は驚く。
普段はそんなに冷たいお方ではないのに。実に見事なすっとぼけ。
「えっ、じゃぁどうします? 中、一応調べますぅ?」
念のために聞く。もし『まずいこと』になっていたら、いつものように隠ぺいしなければならないし。
「だからぁ、『しらねぇ』って!」「あぁ。じゃぁ私も!」
山岸少尉の顔は、『そもそも報告すんな』である。
「おい、きよピコぉ! 電池勿体ないから、プカプカを下げろっ!」
それでも何かと理由を付けて、『ドゴォン』は回避したいらしい。
「たなっちぃ。プカプカ駄目だってぇ」「えぇ? まじでぇ?」
間抜けな声が通りに響く。いやぁ、声を聞く限りは平和的だ。




