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アンダーグラウンド(六)

 国道六号をぶっ飛ばして来たのが、嘘のようだ。静かに、静か―にトラックは進む。時速にして、ニ十キロ。自転車の方が速い。

 しかし、それも理解できる。

 何しろ真っ暗な道を、ライトを消して走っているのだ。もちろん、ライトの故障ではない。


「どうしてライトを消しているんですか?」

 黒井が前を見たまま聞く。警備に手を振ってから直ぐに、黒井は路面と周辺に気を配るように言われた。


 暗視スコープを付けてはいるが、まだ慣れない。

 路面に落ちている障害物に黒田が気が付いて避けたのだが、黒井は気が付いておらず、ドアにゴッツンしたのだ。


「この辺からな、出るんだよぉ」

 そう言って黒田は笑い、黒井の方をチラっと見た。いや違う。元交差点の曲がる方角を、確かめただけだ。

 ハンドルに身を被せるように、角の向こうを見ている。


「コレですか?」

 黒井はお化けや幽霊の類は信じない。両手を前に出し、手をブラブラさせながら、黒田の視界に入る。


「おっ、良いねぇ。是非逢いたいねぇ」

 黒田が笑っている。しかし、左手で「どけ」の合図を出され、黒井は素直に引っ込んだ。

「違うんですか?」

 黒井はそう答えてから、まだじっと見ている黒田を見て、その方向に顔を向ける。

 何もない。暗闇だけがそこにある。


「この辺からな、山谷堀と言ってな、昔、吉原に行く『旦那衆』がな、船で通った所なんだよ」

 そんな昔話をしている間も、じっと暗闇を見つめている。


「へー。風流な所だったんですねぇ」

 黒井も、暗闇を見たまま答える。確かに目の前には、ジャンプしては越えられぬ程の堀。が、水は流れていない。


「風流なもんかよ」

「えっ」

 否定されて、黒井は黒田の方を見たが、黒田はまだ暗闇を見ていた。それでも、ちらっと黒井の方を見て、再び暗闇を見つめる。


「遊女さんは六歳位で売られてさ、中学位の年齢から客の相手してさ、十年生きてたら退職できるのさ」

「厳しいですねぇ」

「あぁ、平均寿命は二十二歳位だってさ」

「若っ」

 黒井は驚いて、黒田を見た。


「江戸時代、女性の平均寿命はさ、三十歳ちょい前らしいけど」

「えっ、若っ!」

 黒井が今度は肩を揺らし、また驚く。


「それでもさ、平均が二十二歳だからさ、

 二十七歳で年季明けで退職できた人が一人いたとしたらさ、

 一人はさ、十七歳で亡くなっているのさ」

 急に『平均値』の計算が始まった。


「そうなりますねぇ」

 黒井も計算する。まぁ、合っているよね。黒田が続ける。


「だからさ、七十歳の婆さんと三十歳の女将さんがいるとさ、

 十人で計算するとさ、二十五歳一人、二十歳二人、十五歳一人、

 十歳四人でさ、平均二十二歳なんだよ」


 すらすらと数字を言われて、黒井は計算を放棄する。

「わざわざ計算したんですか?」

 そう言って黒井は笑う。黒田は頷いた。マメだ。話しは続く。


「まあな。それがさ、一カ月で五十人位さ、亡くなっているんだよ」

「みんな、若いですねぇ。十歳が四人かぁ」

「そんなんでも、風流か?」

 真顔で首をかしげ、ちらっと黒井を見た。


「いやぁ、なるほどぉ。うーん。ちょっと違うかなぁ」

 黒井はそう言って振り返り、再び暗闇を見る。

「そうだろぅ」

 黒田も同調して答えた。暗闇を見ている。


「でも、何でそんな計算、したんですか?」

 暗闇を見ながら聞いてみた。


「お前、幾つだ?」

 唐突だった。話題が変わったのか、急に年を聞かれる。

「今年で三十歳です」

 黒井は答えた。暗闇を見たままだ。


「俺、七十歳」

 聞いてもいないのに、黒田が年齢を答えた。

 黒井は笑いながら振り返る。


「そうなんですか。結構行ってるんですねぇ」

 そう言って、右手で黒田を指さした。黒田は答える。


「あぁ。だからなぁ、

 十人で計算するとさ、二十五歳一人、二十歳二人、十五歳一人、

 十歳四人でさ、平均二十二歳なんだよ」


 ただ単に、そう言っただけだった。


 黒井は検算もせず、真顔に戻って再び暗闇を見た。

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