アンダーグラウンド掃討作戦(二百六十九)
「落ちるっ! 落ちるって! 助けろ班長! この野郎っ!」
絶体絶命なのだろう。叫び声も擦れて、おまけに口調も荒い。
今頃、どうしてこんなことになってしまったのかと悔やみつつ、幼き日のことを思い出しているのだろうか。赤星は笑っている。
そう。彼ならきっと、こう言ってくれる筈だ。
『それはね。走馬灯と言う奴だよ。良かったでちゅねぇ』
「あぁかぁぼぉしぃぃぃっ! ぶっ殺すっ!」『キキーッ!』
急ブレーキだ。『ダンッ!』と、揺れる車内に放り込まれた。
男は腰を打ったのか、擦りながら唸っている。いやぁ『助かった』と言うか、『助かったけど』と言うか迷う。兎に角痛い。
が、足音が近くまで来て立ち上がろうとする。しかし出来ない。
逆に、床へ向かって顔を押し付けられてしまった。おでこを酷く打ち付けて、目から火花が出たかもしれない。
手は自由だが何も出来ない。何も見えないし、何も言えない。
きっと頭の上にあるのは、M16の銃口に違いない。うっすらと見えているのは、多分班長の左足で、右足は絶対に頭の上にある。
「おい。言ったよなぁ?」「言ってません!」
「いや、言ったよなぁ?」「言ってませんってっ!」
どうやら『言った/言わない』論争が始まってしまったのだが、『何を』なのかはどちらも口にしない。
右足で押し付ける力が強くなり、『ゴリッ』と音がする。
「あれれぇっ? 俺の勘違いなのかなぁ? おっかしぃいなぁぁ」
突然自己否定だろうか。それとも確認なのだろうか。
「すいません、俺も、勘違いかなぁって、気がして来ましたぁ!」
どうやら『確認』を求めていたようだ。いや、とにかく謝っておかないと、命がないと思っただけに違いない。
無抵抗な手を、その場でバタバタさせながら喚き出した。
「何だ。止めて欲しかったんじゃないのかぁ?」
パッと足を離す。男も『暴言』を聞かれなかったのかと思い、それを否定はしない。パッと起き上がると、先ず両手を合わせた。
「欲しかったです。止めて欲しかったです。ありがとうございます」
ブルブル震えながら、ペコペコ謝り始めたではないか。
すると赤星が、隣でしゃがんだかと思うと、スッと手を伸ばして肩を優しく叩いた。すると、叩かれた方が驚く。
咄嗟に拝んだ姿勢が崩れて、顔を上げると赤星と目が合う。
「じゃぁ、ここから先、お前が運転替われ」「は、はいっ!」
疑問の余地はない。男は立ち上がった。振り返らずに走って、運転席を見て驚く。運転手は頭を撃たれて即死しているではないか。
「そいつ、いつの間にか寝ちまいやがってさぁ」「えぇっ!」
呑気な赤星の声に驚き、男は振り返った。知らないのだろうか。
「ちょっと片付けて、後頼むなぁ」「わ、判りました……」
いや、判っている。思わず『俺が?』と自分を指さしたが、それを見た赤星はニッコリ笑って頷く。驚いた。奴は無傷のようだ。
そして、そのまま外へと向かうではないか。何処へ行くのか?
「もう一人探して来るからぁ。お前、先帰ってろっ。道判るなぁ?」
男が返事をする前に、赤星は電源車を降りて行ってしまった。




